
“クラシック・バレエの代名詞”と称される『白鳥の湖』は世界中で数限りないといっていいくらい上演され目にする機会が多い。 そのため、いかに熱心なバレエ・ファンであろうとも我々は心の底のどこかで「また『白鳥』か…」と思って接している面があるかもしれない。 でも、そんな固定概念を覆すようなユニークな輝きを放つ舞台に出会った。昨秋、名古屋のテアトル・ド・バレエ カンパニーが上演した深川秀夫の演出・振付版だ。
深川は名古屋出身。日本人バレエ・ダンサーの海外進出の先駆者として知られる。 国際バレエコンクールにおいて、かのミハイル・バリシニコフらと妍を競い上位入賞を果たし一世を風靡した。 ジョン・クランコ率いるシュツットガルト・バレエ団に迎えられたのを皮切りに12年の海外生活を経て帰国。振付家として活躍の場を広げる。 その創作はクラシックのスタイルを基本にロマンチックで優美な味わいとネオ・クラシックともいえる新鮮な感覚が溶けあう。 いっぽう、古典の改訂に関しては伝統的なスタイルを重んじる。そのうえで彼一流の繊細な感性を反映させ独自の光彩を放つ。『白鳥の湖』も例に漏れない。
平均的な上演では全四幕構成のところを二幕にまとめた。オデット=白鳥とオディール=黒鳥を別ダンサーが踊る趣向。 オデットが白鳥に変えられるプロローグにはじまり、全編の多くにわたってオディールとロットバルトが登場する。 彼らとオデット並びに王子を対比させる構図を明確に打ち出した。人間誰しもが抱えるような二面性・多面性を浮き彫りにするとともに王子、ロットバルト含めた四者の対決や葛藤がスリリングに描かれる。
通常の第二幕湖畔の場は伝統的な振付を重んじており、典雅な様式美を堪能させてくれる。 宮殿の舞踏会では、さまざまな民族舞踊を手際よく配し昂揚感をもたらす。幕切れにアッと驚くような演出があった。 王子が欺かれ、変心し、オディールに愛を誓うと、シャンデリアが傾き、崩れ落ちる。王子の心象を表しているのであろうか。 それとも宮廷の人びと含めた皆の絶望を示しているのだろうか。深川美学息づく名場面である。再びの湖畔では、コール・ド・バレエが大活躍をみせた。 先に力尽きたオデットと王子に変わって白鳥の群舞がロットバルトとオディールを責め立てる。その激しさは、さながら怒涛のごとし。 多彩なフォーメーションを駆使した雄渾ともいえる力強い作舞が劇的な効果を上げていた。
ドラマティックかつスピーディな展開が魅力的。シックで美しい舞台でもある。 プティパ/イワノフ以来の様式美を大きく逸脱することなく、それでいて新鮮な感興をもたらした。オデット/オディールを別人が踊る演出において、ここまで説得力のある演出は滅多にお目にかかれない。 ブルメイステル版やヌレエフ版といった先行する版を踏まえているとも思われるが、世に掃いて捨てるほど存在する「いいとこ取り」の“自称”新演出版とは違う。演出・振付・物語どこを切り取っても深川節。 一本筋が通っている。
出演者はオーディション形式で決定した。名古屋には多くの優れた踊り手がいる。 彼女たちが一流の振付家やスタッフたちと綿密な協同作業を重ね、質の高い舞台を創造する場を作っていきたい――。 主宰の塚本洋子の熱意を見て取ることができよう。とはいえ寄り合い所帯にありがちな一体感に欠ける舞台になってしまう恐れもある。 諸刃の剣。でも、出演者・スタッフ皆が深川へのリスペクトを抱いている点で思いをひとつにしているようだ。
オデットの山崎有紗は清楚で美しいラインを紡ぎながらも強度の高いステップ運びが特徴。 力強く前向きの意志の強さをも感じさせる現代っ子らしいオデットである。オディールの南部真希は若さに似合わぬ堂に入った舞台運び。 大人びていて嫌味のない色気がある。王子は越智インターナショナルバレエ所属のワディム・ソロハマだった。ベテランながら若々しくエレガントでサポートもていねい。 舞台の格調を上げるのに貢献した。ロットバルト役は梶田眞嗣。通常の第三幕にあたる宮殿の場ではヴァリエーションも踊る。とにもかくにもここまで踊り動くロットバルトは類をみないほどだ。 それを梶田はエネルギッシュかつ演技巧みに踊って深川の要求に応えた。王妃の山本美樹子、ロシアの踊りの青木里英子ら重鎮が舞台を引き締める。 男性ゲストもソロマハ、梶田に加え大寺資二、窪田弘樹、中弥智博と少数精鋭。彼ら彼女たちの好演によって公演の質が向上しているのを実感した。
塚本は荒井祐子や榊原弘子、米沢唯らトップ・プリマを育てた実績を誇り、塚本洋子バレエ団公演及びナゴヤ・テアトル・ド・バレエ公演を展開してきた。 2009年に経営と制作を分離した組織に作り替え、テアトル・ド・バレエ カンパニーとして新たに出発する。 オーケストラ付全幕公演を行うのは3回目(指揮:河合尚市 セントラル愛知交響楽団)。出演者には、まだ若いダンサーが多い。これは、さらなる底上げ・発展を望めることの裏返しでもある。 今年に入って、この舞台成果により2011年度《名古屋市民芸術祭賞》に輝いた。その栄誉を励みとし、名匠・深川の指導よろしきを得て、さらなる飛躍を期待したい。
(2011年11月19日 愛知県芸術劇場)
写真撮影:岡村昌夫(テス大阪)
舞踊専門紙誌、日刊紙、美術誌、芸術批評誌、公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿。 バレエ、コンテンポラリー・ダンスなどのほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。
公式ブログ「ダンスの海へ」
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テアトル・ド・バレエ カンパニー
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