大人からのバレエ推進委員会監修

高橋森彦のバレエ&ダンスの逍遥

高橋森彦

舞踊専門紙誌、美術誌、芸術批評誌、バレエ公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿する。

バレエ、コンテンポラリー・ダンスなど洋舞のほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。

公式ブログ「ダンスの海へ」

http://d.hatena.ne.jp/dance300

牧阿佐美バレヱ団『ラ・シルフィード』『セレナーデ』
〜珠玉の名編2作の贅沢な上演に未来の息吹を感じさせる

★19世紀にデンマークで活躍した巨匠オーギュスト・ブルノンヴィル振付『ラ・シルフィード』と20世紀バレエの名匠ジョージ・バランシン振付『セレナーデ』。 かたやスコットランドを舞台に妖精に恋した若者の悲劇を幻想的に描くロマンティック・バレエの名作であり、かたやチャイコフスキー曲にのせ、 目くるめくような肉体の躍動美に酔わされる“音楽の視覚化”の傑作である。今秋の牧阿佐美バレヱ団公演では両作が一挙上演された。

★ブルノンヴィルといえば、その作品に特徴的な技術体系・思想が"ブルノンヴィル・スタイル" と称され名高い。振付には、力強い跳躍と軽やかな足さばきが絶妙にちりばめられている。美技がスパスパと決められるのを観ていると実に爽快だが、極めて難度が高く、踊り手泣かせといえる。 そこに、バレエ=舞踊劇として栄えた時期ならではの演劇性の高い作風があいまって独自の舞踊世界を織りなしている。 いっぽう、20世紀バレエの巨匠として長きにわたってアメリカで活躍したバランシンは、クラシック・バレエ様式を極めたマリウス・プティパの系譜を受け継ぐロシア・マリインスキー劇場出身だ。 とはいえ、ロシア・バレエはフランスとともにデンマークからの影響も強く受けて発展してきた。バランシン作品に顕著な繊細なポアントさばきの源流はブルノンヴィル作品にあるともいわれる。

★演劇性を重視するブルノンヴィル作品と物語性を極力排除したアブストラクト・バレエで知られるバランシン作品の表現様式は異なっている。 しかし、具象と抽象という表現は、あらゆる芸術表現にみられる両極といえるよう。バレエ芸術においてそれを鮮やかに体現するのが両者といえる。 とはいえ、どちらにも相通じるものがある。味わいは異なれど汲めども尽きぬ詩情と抒情性だ。 バレエ史上に燦然と輝く珠玉の名作によるダブル・ビルは、ブルノンヴィルはもとよりバランシンとも所縁深いデンマーク・ロイヤル・バレエ団にとって特別なプログラムとして知られる。 が、両者のバレエの精髄に迫り、バレエ芸術の多様性や美の本質を伝えるという点で、もっと広い見地からして特別なプログラムといえそうだ。 牧阿佐美バレヱ団の上演は、その魅力を実感させる充実した出来ばえだった。

★『ラ・シルフィード』を牧阿佐美バレヱ団が上演するのは12年ぶりのこと。 若手気鋭プリマの伊藤友季子が英国ロイヤル・バレエ団に在外研修員として留学中ということもあってか主役級に抜擢もあった。 初日(23日)のシルフ役には、NHKの「スーパーバレエレッスン」のバレエ実技やバレエ団公演『眠れる森の美女』フロリン王女で注目された茂田絵美子が大抜擢され、妖精に魅了され破滅していく若者ジェイムスには、 近年役柄の幅を広げる菊地研が扮した。2日目(24日)には、シルフ役をプリマらしい風格の出てきた青山季可が、ジェイムス役を大型ノーブル・ダンサーとして躍進する京當侑一籠が踊った。2日目を観た。

★青山のシルフには華と程好い色気があるのがいい。シルフ役というと何よりも軽やかさが求められよう。 細やかなポワント・ワークはもとより腕や肩の動きも緩急をつけることによって妖精らしい軽やかさが出る。 青山は難度の高いブルノンヴィル・スタイルを確かな技術を武器に軽々こなしたうえで、踊りのみならずちょっとしたたたずまいに優雅さと艶やかさを醸している。 「こんなシルフになら男ならば誰しもが誘惑されてしまうのでは?」と思わせるほどに魅力的だ。でも、強調したいのは単なる誘惑者ではないこと。 シルフが深くジェイムスに恋しているからこそ、これほどまでに美しく色気が生まれのでは?」と思わせる純粋な想いをも感じさせる繊細な演技の裏打ちあっての陰影深い表現である。 ★ジェイムスの京當は偉丈夫にしてノーブルなのを持ち味とするが、ここでは抑えた演技をみせた。

Coral Reef

シルフに魅せられたがゆえに彼女も婚約者エフィも喪ってすべてを無くしてしまうさまを哀れ深く演じる。懐の深い舞台さばきだった。 占い師マッジを凄みたっぷりに演じたベテラン吉岡まな美(両日)の演技も印象的で、舞台に厚みをもたらしたことは衆目の一致するところだろう。 また、コール・ド・バレエの美しさも格別だった。複雑なブルノンヴィル・ステップを音楽に遅れることなく小気味よくかつ優雅に踊っている。

★古典バレエを原典に基づいて上演する場合、作品に関して隅から隅まで知り尽くした継承者の指導が欠かせない。 今回の上演では、デンマーク・ロイヤル・バレエ屈指の踊り手として活躍し、現在はブルノンヴィル作品の指導に世界中を回っているソレラ・エングルンドを招聘した。 踊りの密度の濃さもさることながらマイムも丁寧にこなれている。パ(ステップ)と感情表現が一体となった舞踊劇=バレエとして適切にステージングされている。 牧歌的な幕開けからシルフを失い婚約者の結婚行列を目にするジェームズの上をシルフの亡骸が天へと昇っていく幕切れまで隙のない仕上がりだ。 どこを切り取っても一幅の泰西名画の世界。ブルノンヴィル版『ラ・シルフィード』の魅力を堪能させてくれた。

★いっぽうの『セレナーデ』を牧阿佐美バレヱ団が初演したのは1995年の「20世紀の振付家」公演のことだ。 その間然とするところのない見事な演技が好評を博し、諸評論家からも稀にみる絶賛を浴びた。 以後も再演の度に高い評価を受けており、このバレエ団にとって誇るべきレパートリーのひとつである。 今回の上演では、『ラ・シルフィード』の主演が若手組であったのに比し、『セレナーデ』の主軸はベテラン中心。 しかし、コール・ド・バレエには若手が配役されており、新旧世代が心を合わせて創りあげる舞台となった。

★背景は青い照明。白く足の透けて見えるチュールをつけた女性群舞が舞台に佇んでいる。 コール・ド・バレエと女性3人、男性2人のソリストたちが、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」にあわせて多様なフォーメーションを繰り出していく。 音楽と音が絶妙に寄り添った“音楽の視覚化”であり、美しく清涼感のある抽象バレエだ。バランシンの渡米後第一作であり、当初バレエ学校の生徒向けに創られたという挿話はあまりにも有名である。 とはいえ、決して後年のバランシン作品に比べて踊りやすいとか難度が低いということは決してない。 振付はダンス・クラシック基本であるが、動きの緩急の切り替えやオフ・バランスそれに身体の引き上げといった 現代のコンテンポンポラリー・バレエを踊る際にも求められる要素の萌芽が欠けることなく入っていることに改めて驚かされる。 クラシック・バレエを極め身体が絞られ訓練されたダンサーが揃っていること、そしていま触れたような現代的といえるスタイルの動きにも対応できること、 さらにそのうえで初演以来受け継がれる洗練された感覚と抒情豊かな世界を表わせる表現力と音楽性が求められるのだ。

★その点、牧阿佐美バレヱ団には技量高く様々な振付に柔軟に対応できる踊り手が群舞の隅々に至るまで揃っている。 公演2日目(24日)は、田中祐子、吉岡まな美、森田健太郎、逸見智彦というベテランと入団1年目で抜擢された逸材・久保茉莉恵がソリストだった。 彼らが絡む場面では、各々が音楽と振付の流れに逆らうことなく交差したり離れたりしていく。

Coral Reef

観るものの解釈によってそこはかとなく浮かぶようなドラマを醸成する。 数ある『セレナーデ』上演のなかには、「硬質な美」などといえば聞こえいいが淡々と無機的に踊りすぎたり、顔の表情を必要以上に付けたりして感興を削ぐものも見受けられる。 しかし、ここでは「あくまでも身体で雄弁に語る」ということが徹底される。群舞の統一感もよく、アプロンのしっかりした身体からのびやかに手脚が伸ばされた踊り手たちの紡ぐ詩情豊かな世界に惹かれた。 緩急の切り替え等に洗練の有無が問われるが、その点も十分だった。

★5年ぶりの上演となり、その間、わが国でも『セレナーデ』を新たに上演するバレエ団も増えた。 全体の統一感や抽象美のなかに立ち上がるドラマ性のバランス等によって観るものの好み・印象は異なって当然である。 が、総合的な完成度、作品のニュアンスの表現の充実度からして「『セレナーデ』を観るならば牧」という定評は揺るがないのではないだろうか。 今回、振付指導はこれまでのパトリシア・ニアリーからベン・ヒューズへと受け継がれたが仕上がりは落ちることない。今後、時機をみての再演にも期待したいところだ。

★牧阿佐美バレヱ団は来たる2011年に創立55周年を迎える。 5年前の創立50周年の記念シリーズ上演は、プティの大作『ノートルダム・ド・パリ』や故・高円宮殿下に捧げる 『ア・ビアント』の再演、総監督・三谷恭三の作品集を上演し若手を積極的に抜擢した「ダンス・ヴァンテアン7〜STARLET 等もあり多彩かつ盛大だった。以後、『リーズの結婚』『三銃士』という日本では同バレエ団にしかレパートリーにない物語バレエの名作を上演してはいるものの三谷の改訂振付版を含む古典全幕中心に活動している。 そのなかで伊藤や青山、京當や菊地といった主役級やさらにその下の世代を育ててきた。 古典の形式や演出を正しく継承し、若い世代に受け継いでいくことは想像以上に容易ではない仕事だろう。 手間暇かかるが大バレエ団であるほどおろそかにはできまい。 地道に古典を継承・上演し自団の若い踊り手を育ててきたことは、確実にバレエ団の将来につながる。それは今回の『ラ・シルフィード』『セレナーデ』上演において確かな形として現れてきたことからも明らかだ。

★1997年に新国立劇場が開場し、新国立劇場バレエ団はわが国を代表するバレエ団としての陣容を整えた。 牧阿佐美バレヱ団主宰で先日まで新国立劇場舞踊芸術監督を務めた牧阿佐美の指導力に因るところが大きい。また、新国立劇場開場前後にいくつかの在京の新興団体が活発に活動しバレエ界を刺激している。 そういったなか老舗の名門大手・牧阿佐美バレヱ団がどのようなポリシーを掲げ活動していくか注目されるが、三谷の運営・芸術姿勢にぶれはないと思う。 傘下の橘バレヱ学校を中心とした下部組織から選りすぐられた団員の底力を活かし古典を手抜かりなく上演し、カンパニーの基礎力・総合力を高める。 活きのいい若手に惜しみなくチャンスをあたえる。それが着実に実を結んでいる。創立55周年、そして、その先へ向け、三谷率いる牧阿佐美バレヱ団がさらに勢いを増すと、 日本のバレエはどんどん面白くなり、活気づく。その意を強くさせるに足る充実した公演だった。 (2010年10月24日 ゆうぽうとホール) 写真1、3〜7枚目=24日分撮影:鹿摩隆司/2枚目=23日分撮影:山廣康夫