大人からのバレエ推進委員会監修

高橋森彦のバレエ&ダンスの逍遥

高橋森彦

舞踊専門紙誌、美術誌、芸術批評誌、バレエ公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿する。

バレエ、コンテンポラリー・ダンスなど洋舞のほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。

公式ブログ「ダンスの海へ」

http://d.hatena.ne.jp/dance300

川口節子バレエ団『BALLET SELECTIONS 2010』
〜愛知からの創造と発信に手応え

★川口節子という人がいる。日本のバレエを語る際、無視できない存在だ。ご存じでない方もいらっしゃるだろうからご紹介しておこう。 名古屋を拠点に活動し昨年創立30周年を迎えたバレエ団の主宰者である。後進の指導とともに振付活動も息長く続け、定期公演のほか地元の合同公演等で作品発表を続ける。 その発想の豊かさと鋭敏な感覚に満ちた振付による創作は知る人ぞ知るところ。 なかでも『イエルマ』(2000年初演)は、ロルカ原作の悲劇にショパンの「レ・シルフィード」の叙情豊かな曲を用いるというユニークさに加え 人間感情の揺らぎを心の襞にまで入り込んで描いた稀に見る緊迫感に溢れた名作である。

★そんな川口が今秋、大がかりな公演を催した。今夏から秋にかけ開催され、 盛況のうちに幕を閉じた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2010」共催事業「祝祭ウィーク」の一環として開催された「BALLET SELECTIONS 2010」である。これは「バレエ&ダンスの醍醐味を皆様と共に」という副題のもとに催されたもので、バレエ&ダンス コンサート、創作集、川口による創作バレエからなる3部構成だった。 「都市の祝祭」を掲げたトリエンナーレのキーワードのひとつであり「祝祭ウィーク」のテーマそのものである「祝祭性」を体現し、地元・愛知から発信する舞台として意義深いものだったと思う。
★第1部はガラ・コンサート。愛知で活躍する気鋭たちと日本の現代舞踊界の若手注目株が招かれた。 地元勢では黒沢優子(黒沢優子バレエスタジオ)が窪田弘樹(松岡伶子バレエ団)と『ラ・シルフィード』より、 板垣優美子(宮西圭子バレエ団)が高宮直秀(ダンスカンパニーユニコーン)をパートナーに『ジゼル』よりのパ・ド・ドゥを踊ったほか、 牧村直紀(ゆかりバレエ)、碓氷悠太(松岡伶子バレエ団)、中尾有里(ステップワークスバレエ)、山本佳奈(岡田純奈バレエ団)が古典バレエからのヴァリエーションを、 渡辺朋子(アカデミー国枝バレエ)が創作のソロを踊った。なかでも優美なスタイルを保った板垣が高宮の好サポートを得てみせた透明感溢れる演技が心に残る 。ゲストはモダンダンスの小林泉と木原浩太。小林は安藤しのぶと『赤い薔薇とカナリア』を踊って情感豊な表現に冴えを見せる。 木原はソロ『誰もいなくなった部屋』で軽やかなようでいてダイナミックな演技を披露した。

Coral Reef

★第2部は作品集。愛知で指導者としてバレエ団・スタジオを主宰する傍ら振付者としても積極的な女性の創作が並ぶ。 ここで川口は新作『ブランチ・デュボア〜〜欲望という名の電車より〜』を発表した。これはテネシー・ウィリアムズの名作をブランチの内面の葛藤に焦点を絞って構成したもの。 後藤千花がブランチ役に扮し年季の入った演技と存在感で魅せてくれた。ブランチの運命を暗示する群舞の構成・振付やソファや舞台上から吊るされたトランクといった小道具の使い方も効果的だ。 川口の子女・太田一葉『Colorante』では、色とりどりのチュチュをつけた女性たちがスピーディーかつお洒落に踊る。 細かなポアント捌きやオフバランスの動きを駆使し、バランシン・バレエのエッセンスを現代の感覚で表現しているようなセンスの良さが光った。宮西圭子『ラプソディ スペイン』はシャブリエ・エマニュエル曲を用いて明暗の雰囲気を巧に伝えスペイン的なるものを表現。国枝真才恵(振付: 加賀ひと美)『よろこび』は人生の悲喜こもごもを痛切に伝える。
★第3部は川口振付『心地よく眠るアリス』。昨年3月のバレエ団創立30周年記念公演「舞浪漫 My Roman2009」にて初演された中編の再演である。女の子アリスを喪った母の哀しみとともにアリスがあの世で多くの人々に愛され育まれていく様を温かく優しく描いた佳編だ。 舞台いっぱいに真っ白な洗濯物が干され解放感と安らぎに満ちたあの世。そこは実は墓場であり、最後には死者たちが地の底へ消えていく。墓標に母が供えたブドウに心躍らせるアリスの無邪気さが涙を誘う。 母親やアリスの、動きと感情が完全に一体化した振付

Coral Reef

と多彩な群舞の「語る力」は川口の真骨頂だ。とはいえ押しつけがましさは微塵もなく観るものが想像し思いめぐらせる余白がある。 残るのは深い余韻のみ。アリスの野黒美茉夢と母親の高木美月は初演時から変わらないが、 愛知の各団体のメンバーも加わって群舞に厚みが増して陰影深いものとなった。さらに再演を重ねてほしい秀作である。
★近年、川口の評価は高まりつつあり、『イエルマ』は愛知芸術文化センター主催公演等でも取り上げられた。 今春には愛知県芸術文化選奨文化賞を受賞。来名する関東や関西の舞踊評論家等の支持も少なくない。とはいえ東京中心に動くわが国の舞踊界では、 その実力と作品の魅力がまだ充分に伝わっているとはいえまい。今回、川口は同じ境遇の地元作家作品を紹介することを含め愛知に地に足つけたうえで全国へ発信していく意志を強く打ち出したと思う。 地元と関東から若い才能を集め、大舞台を踏める機会を提供したことも未来を見据えた英断だ。川口の創作のさらなる展開と愛知からの発信を今後も注目したい。

撮影:MIYABI