大人からのバレエ推進委員会監修

高橋森彦のバレエ&ダンスの逍遥

高橋森彦

舞踊専門紙誌、美術誌、芸術批評誌、バレエ公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿する。

バレエ、コンテンポラリー・ダンスなど洋舞のほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。

公式ブログ「ダンスの海へ」

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日本バレエ協会・都民芸術フェスティバル参加公演『ドン・キホーテ』全幕
〜創意豊かなエリザリエフ版を適材適所のキャストで上演

★ミゲル・デ・セルバンテス原作、レオン・ミンクス作曲、マリウス・プティパ原振付によるバレエ『ドン・キホーテ』といえば、世界中で競って上演される人気演目だ。 しかし、ロシア以外で全幕上演が行われるようになったのは、そう古いことではない。

★わが国では、1965年に谷桃子バレエ団がソ連(当時)からスラミフ・メッセレルを指導に招き、谷の振付によって全幕日本初演した。 1980年には、日本バレエ協会が都民芸術フェスティバル参加公演として取り上げている。振付はこちらも谷によるものだった。

★日本バレエ協会はこのたび都民芸術フェスティバル参加公演として6回目の全幕上演を行った。 今回は従来の谷版ではなく新版を導入した。ベラルーシ国立ミンスク・ボリショイ・オペラ・バレエ劇場を率いるワレンチン・エリザリエフの演出・振付である。 これは、公演プログラムによると、現・日本バレエ協会会長・薄井憲二の肝いりだという。
★エリザリエフ版(全3幕)は随所に創意と工夫がある。 プロローグ「ドン・キホーテの書斎の場」 を経ての「バルセロナの街の広場」は、オーソドックスな展開ながら「何か」 が違う。驚かされるのが音楽のテンポの速さ。そのなかで、踊り・芝居がきびきびと進み、それでいて一寸の隙もなく人物の感情が雄弁に語られていく。 気障なガマーシュをはじめとした脇の登場人物の芝居も芸が細かく、いきいきと演じられる。
★第二幕は独創的。幕開けの「ジプシーの野営地」では、冒頭にキトリとバジルのアダージョが加わる。 バジルがキトリを片手で持ち上げ悠々と歩いていくなど高難度な振付満載ながら情感に富む名場面であり、 恋物語に深みを加える。人形劇は省かれ、ドン・キホーテは風車小屋に向けて突進はするも風車に巻き込まれることはない。 「バルセロナの酒場」では、バジルとエスパーダが踊り競うなか、キトリも加わってパ・ド・トロワに発展する。
★第三幕の演出にも驚く。キトリとバジル、それにエスパーダとメルセデスの結婚式も行われる趣向だが、幕が開くと、色とりどりの段々スカートを広げた女性たちが並ぶ。 舞台後方には、なぜか夢の場に出てくる風車小屋が立っているし、森の女王までもが式に参列している! すべてはドン・キホーテの夢のなかの妄想なのだろうか?そして、キトリとバジル中心にした華麗なるグランパへとなだれ込む。 豪華絢爛な舞踊絵巻に否応なしにワクワクさせられた。
★『ドン・キホーテ』くらい古典全幕バレエのなかでも無類に楽しく、かつゴージャスな作品はないけれども、

Coral Reef

そこへさらに面白さを加えて観客を楽しませようとする太っ腹な演出である。 とはいえ、強調しておきたいのは、キャラクター・ダンスを含め全編に散りばめられた踊りの数々は、正統的なものだということ。音楽と振付と演技が一体化しており観ていて心地よい。 ★今回の眼目のひとつが主役・ソリストが日替わりで競演すること。なかでも、キトリとバジル役には、わが国バレエ界一線級のスターが顔を揃えた。 酒井はな&藤野暢央、法村珠里&奥村康祐、西田佑子&法村圭緒。ちなみに酒井以外は関西出身者である。
★初日に登場した酒井と藤野は豊富なキャリアを誇るベテラン同士。 酒井はかつて新国立劇場バレエでキトリ役を踊った際、圧倒的な超絶技巧と無鉄砲すれすれのパワフルで押しの強い演技で劇場中を興奮の渦に巻き込んだ。 この日の酒井は、安定した技量はそのままに、踊りに華やかさと色艶を増していた。バジルやロレンッオらとの芝居もこなれ、演技にも奥行きを増していたと思う。 キトリ役者がさらに役を深めた舞台だった。藤野は香港バレエ団、オーストラリア・バレエ団で主役級を踊った実力者だけに、卒のないサポート(腕力がすごい!)、余裕ある芝居が光る。 引く手あまたの売れっ子になるのは必至だろう。
★2日目の法村珠里と奥村は関西を代表する気鋭。珠里は、柔軟な身体を活かした跳躍等伸びやかに踊ったが、ことに見せどころを心得た演技に惹かれる。 狂言自殺の場など、愛らしく憎めない仕草や表情に、思わず感情移入させられてしまう。踊り心と演技心が実に豊か。 珠里のソリスト・デビュー(2005年6月)以来、法村友井バレエ団公演中心に主要舞台の多くを観てきたが、大舞台であるほど力を発揮する舞台度胸の強さは、天性の舞台人の証だ。 奥村は若手のノーブル・ダンサーの筆頭格。王子役に定評あるが、バジル役に関しても昨年度文化庁芸術祭新人賞を受けているだけに「さすが」と思わせるものがある。 端正な技術と洒脱な芝居を披露し、珠里とともに爽やかな恋物語を作り上げていた。

Coral Reef

★3日目は西田と法村圭緒という、関西で名コンビとして鳴らした両者久々の競演だ。西田は公演直前に足を痛めたらしい。 序盤は硬さも見られ、踊りに演技がのっていないもどかしさも感じたが、幕を追うごとに精彩を増していった。西田といえば、上半身のラインが美しく、しなやかな踊りを見せるのが持ち味。 しかし、この日はラインへの意識の高さ以上に、全身から踊る喜びを溢れんばかりに発散していた。華やぎも身に着けつつあるようだ。西田を支えたのが圭緒の好演。 西田との久々の共演を心から楽しんでいるのが伝わってくる。柔軟な身体を利した、しなやかで優美な踊り・的確なサポートともに申し分ない。
★他キャストも日替わり。各幕で踊りの見せ場のあるエスパーダ&メルセデスは花形だ。 ことに3日目の富村京子&小嶋直也ペアの妙演に客席は沸いた。技量十分かつパッションを感じさせる演技をみせた富村と、どこまでも伸びるような脚先の美しさと軽やかな跳躍で粋に踊った小嶋。 ベテランならではの魅せ方のうまさを堪能できた。おそらく他のどの版よりも細かな芝居と動きが多いであろうガマーシュ役を演じたアレクサンドル・ミシューチン&マシモ・アクリも達者。 ドン・キホーテとサンチョ・パンサ主従等もベテランたちが日替わりで演じた。森の女王やキューピットを踊った若手には有望株が多い。
★全国に支部を持ち、多くの会員を擁する組織だからこそ実現し得る、適材適所の配役が功を奏している。 昨年のメアリー・スキーピング版『ジゼル』全幕上演に続いて、プロダクションとしての完成度を追求する姿勢が舞台の端々から感じられた。 最終的にはエリザリエフが仕上げを行ったようだが、それまでの指導にあたったアレクサンドル・ブーベル、タチアナ・シェメトヴェッツ、渡辺美季の仕事は特筆される。 制作者・出演者がエリザリエフの意図を汲み、充実した成果を生んでいたように思う。再演を心待ちにしたい。

演奏:シアターオーケストラ・トーキョー
指揮:福田一雄
(2010年1月28、29、30日 東京文化会館)
写真 スタッフ・テス 飯田耕治

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