大人からのバレエ推進委員会監修

高橋森彦のバレエ&ダンスの逍遥

首藤康之「DEDICATED」〜初のセルフプロデュース公演で浮びあがった首藤康之の現在(いま)

表現の幅と高みを追求し、時代の感性と息づく

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 近年、首藤康之の仕事の充実ぶりには目を瞠らされる。 東京バレエ団在籍時から一世を風靡したマシュー・ボーン版『白鳥の湖』への出演など、バレエの枠に留まらない活動を行ってきた。近年はシディ・ラルビ・シェルカウイ振付『アポクリフ』に出演するなど活躍目覚ましい。今秋も新国立劇場で中村恩恵とともに『Shakespeare THE SONNETS』を創作し、猪熊弦一郎現代美術館・杉本博司 アートの起源|宗教 関連プログラムとして『KANNON』を上演するなど話題を振りまいている。 首藤は同時代のクリエイターの仕事に敏感であり、ボーンにしてもシェルカウイにしても自ら積極的にアプローチすることによって協同作業を実現してきた。表現の幅を広げ、さらなる高みを追求しつつ時代の感性に息づいた舞台を生み出してきた。 そんな首藤の旺盛な活動の縮図であり、さらなる飛躍を予感させたのが、今年6月に行われた初のセルフプロデュース公演「DEDICATED」 (神奈川芸術劇場大スタジオ)だった。ここで首藤がコラボレーションの相手として指名したのが中村と小野寺修二である。

首藤と中村恩恵――異質の個性が同化し観るものに感動をあたえる

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 首藤と中村が踊ったのがイリ・キリアン振付『ブラックバード』。 2001年にキリアンが中村に振付けた一晩もののソロで、ひとりの女性が生を受け成長し、やがて世を去っていくまでを描く。上演されたのは、その映像部分のなかで展開される男女デュオだ。 ふたりはこれまでに『TheWell-Tempered』『時の庭』で組んでいるが、キリアン作品で共演するのは初めて。 とはいえキリアン作品の申し子・中村と東京バレエ団時代に新作を振付けられる経験を持つなどキリアン作品にも定評ある首藤だけに悪かろうはずがない。 中村の量感のある動きと首藤の繊細で研ぎ澄まされた動きは異質である。前半、おのおのが踊るパートをみれば明らかだ。それが、両者が組み合うと、絶妙に絡みあい、音楽と同化して、融和をみせる。人がこの世に生を受け、人と出会い、やがて消え去っていくという営みに秘められた、切なさや愛おしさのようなものがじんわりと伝わる。全編上演を切望したい。

首藤のニュートラルな感性を生かした小野寺修二の多彩な表現術

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 いっぽうの小野寺はフィジカルシアター「水と油」で活躍後2008年初演の『空白に落ちた男』で首藤と組んでいる。マイム出身だが、マイム・演劇・ダンスといった枠組みで一様に語れない創作が持ち味だ。今回、小野寺は首藤にソロ『ジギル&ハイド』を提供した。 白衣姿の首藤はビーカーのなかの薬を飲むと、顔の表情が歪み、身悶えする。まか不思議でシュールな世界が展開されていく。テーブルやイス、鏡といった小道具と戯れるかと思うと、バレエ「ドン・キホーテ」の音楽にのせて踊ったりする。最後は、ワイヤーで吊るされた長方形上の巨大な鏡を揺らしながら、その側で不気味なまでに淡々と踊り続ける。 二重人格を題材にしたスティーブンソンの小説に基づくが、小野寺は狂気や不条理を生々しく描きはしない。ひとりの男の内面を陰影深く表現する。前半は小道具も活かしディティールを積み重ねてジギル博士の素の部分を描き、後半はダークサイド、不穏さも示唆する。 作舞は、説明的な仕草を押し出すでもなく、内面の葛藤を表出する分かりやすいダンスを挟んだりするでもない。どちらにも寄りかからない独自の語彙と手法による表現方法を模索している。癖がなく柔軟な動きを持ち味とし、何色にも染まらぬニュートラルな感性を備えた首藤という存在あってこその刺激的な取り組みといっていいだろう。

歩みを止めないアーティスト

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 首藤は歩みを止めない。来春には新たなプロジェクトが控えている。 まず、『アポクリフ』『時の庭』などに挑む首藤を一年間追いかけ、斎藤友佳理、シェルカウイ、小野寺らが首藤について語るのを収めたドキュメンタリー映画「今日と明日の間で」が公開される。テーマ音楽を椎名林檎が手がけることでも話題になっている。 また、3月には、英国ロイヤル・バレエ出身の振付家ウィル・タケットと組み、日英のバレエダンサーを中心に創作する新作『鶴』を発表する。 マルチプルに活躍し、新しい表現を追い求める――。スリリングな存在だ。同時代に生きる喜びを強く感じさせてくれる稀有なアーティストである。

撮影:MITSUO