大人からのバレエ推進委員会監修

高橋森彦のバレエ&ダンスの逍遥

Dance Theatre LUDENS新作公演『1 hour before Sunset』
〜「時」をテーマに時間芸術たるダンスの面白さと可能性を追求

 コンテンポラリー・ダンス界の良心--Dance Theatre LUDENSを主宰する岩淵多喜子のことを長らくそう思ってきた。岩淵はダンサーとの協同作業によって創作を行っている。 「重力」「存在」「距離」「無意識」などをテーマに『Be』『Distance』『Against Newton』シリーズをはじめ人と人の関係性を模索したダンスシアター風作品を発表してきた。大学・大学院にて運動生理学・キネシオロジーを修了し、ロンドンのLaban Centreで学んだキャリアが反映された知的かつ堅実な作舞が特徴で、内外で高い評価を受けている。

 私は岩淵の、人間の内面を深く見据える真摯な創作を好ましく思う者のひとりだ。とはいえ作舞・演出がやや規範的で、こじんまりしているのが気にかかる。良心的な作風であるし、佳作揃いであるもののどこか食い足りないとも感じていた。そんななか岩淵にとって転機となるかのような舞台が誕生した。「ヨコハマトリエンナーレ2011」連携企画として横浜・象の鼻テラスで発表した新作『1 hour before Sunset』である(9月18日所見)。

 まず会場が目新しい(ダンス系では安藤洋子、まことクラヴ等が使っているが)。象の鼻テラスは「象の鼻パーク」と呼ばれる場所にある。1854年アメリカ合衆国のペリー提督が2度目の来日で初めて横浜に上陸した場所であり、「象の鼻」の名称は、堤防の形状がそれに似ていることに由来するという。横浜港湾に面したガラス張りの広々としたスペースである。そして、今回の眼目はパーカッショニスト加藤訓子とのコラボレーションだ。世界的に活躍する彼女との協同作業、しかも生演奏付ということは今までの岩淵にない挑戦だった。

客席はテラス内部から港湾や野外が見えるようL字型に設えられている。アクティング・エリアの奥の隅で加藤が演奏を行う。踊り手は増田明日未、三橋俊平、森川弘和、渡邊絵理と岩淵の5名。岩淵以外も共同振付にクレジットされている。色とりどりのシャツ姿でスニーカーを履いた彼らは、皆で激しく駆け回るかと思えば、ソロで踊ったり、デュオ、トリオで絡みあったりする。鬼ごっこでもするかのように追いつ追われつが続くかと思うと、フランスでマイムとサーカスを学んだ森川によるアクロバティックなダンスが入ったりもする。加藤はスティーブ・ライヒのミニマル音楽を中心に演奏を行い、録音したもののうえに生の演奏を加えたりもする。ダンサーたちは音楽に身を委ね即興で踊っているように見えるが、どこかできっちりタイミングを合わせるところがあるのだろう。スリリングなダンスの応酬が何セットもエンドレスに続いていくような印象を受けた。ひたすらハードにアグレッシブに踊りつづけるテンション高い舞台である。

 上演中、テラスのガラス窓の一部が開かれ、ダンサーたちはときにテラスの外に出る。夜の港を行き来する船たちや広場を通りかかる人々の往来が見える。汽笛も聞こえる。外の風景と一体化し、新たな景色が立ちあがっていくかのような不思議な感興をもよおされた。岩淵は今回の作品を創るに際して、とある公園で見た閉園時間の表示「日没1時間前─1hour before sunset」 に想を得たという。「沈み行く太陽、その残照をイメージとして走り、踊り続ける人の姿」を描こうとした。とはいえ公演時間は日没後だ。あくまでイメージとして参照したということだろう。疾走する踊り手たち。変わりゆく空間。新しく立ちあがっていく風景。観ている方も、場と時間を共有し心地よい雰囲気に浸ることができる。

 これまでの岩淵作品は、動きも演出も、どこか単調という印象があった。対して、『1hour before sunset』は、ダンサーの演技にも音楽の使い方や演出にも開放感と奥行きを感じる。ダンサブルな興奮に満ちており、日常を非日常のように新たな景色に変えていくかのような鮮やかなマジックも備えている。「時」をテーマに時間芸術たるダンスの面白さと可能性を追求し実り多いものとなった。実力者・岩淵の新境地と称したい。一過性の企画ものという趣もあるが、この鉱脈を掘り下げることは、岩淵にとって舞踊作家として幅を広げる一助になるかもしれない。より深く刺激的な作品を生むことを期待しよう。

撮影:鹿島聖子 Shoko Kashima