大人からのバレエ推進委員会監修

高橋森彦のバレエ&ダンスの逍遥

貞松・浜田バレエ団・創作リサイタル23『冬の旅』
〜文化庁芸術祭大賞に輝いた、新世代待望の振付家・森優貴 入魂の大作

  現在、欧米のバレエ団やカンパニーで活動する邦人ダンサーは珍しくない。とはいえ日本人の生んだ作品が海外でも上演される機会は多くないのが実情。 そんななか近年、モーリス・ベジャール、イリ・キリアンに学んだ金森穣、キリアンの愛弟子・中村恩恵らが精力的に創作しているのは心強い。 彼らは日本を拠点とし世界を見据えた活動を行っている。いっぽうで、海外で活動し意気盛んな待望の有望株が出てきた。森優貴だ。 1978年生まれ。1998年以降ドイツを中心に踊り、現在はヴィースバーデン・バレエに所属している。

  森は踊り手として活躍するかたわら2003年から振付を始めハノーヴァーの国際振付コンクールにおいて観客賞と批評家賞を受賞(2005年)。 古巣の貞松・浜田バレエ団に振付けた『羽の鎖』にて文化庁芸術祭新人賞受賞(2007年)。 2008年5月には東京・セルリアンタワー能楽堂で能とダンスのコラボレーション「ひかり、肖像」を演出・振付し、酒井はな、津村禮次郎と共演した。 同作と『羽の鎖』再演の成果によって「週刊オン★ステージ新聞」新人ベスト1振付家に選ばれる。 「ひかり、肖像」はパリとブタペスト公演も行われた。2011年2月にはオーストリアのインスブルック・チロル州立劇場に委嘱され『オセロー』を創作。 今年9月にはドイツ・レーゲンスブルグ劇場バレエカンパニーの芸術監督に就任する。

 着実に実績を積み重ねる森の作品群のなかでも大きな話題となったのが、貞松・浜田バレエ団に振付けた全二幕の大作『冬の旅』である。 内外の著名振付家の話題作や団員の意欲的な創作を発表している「創作リサイタル」にて2010年10月初演。昨秋早くも再演され、バレエ団が平成23年度文化庁芸術祭大賞(舞踊部門・関西参加の部)に輝いた。

 題材はロマン派の作曲家の代表格であり、夭逝したフランツ・シューベルトによる同題の歌曲集。ヴィルヘルム・ミュラーの詩に想を得たもので24曲からなる。「菩提樹」「辻音楽師」などなじみ深い名曲も含まれる。森は音楽に強い魅力を感じ、恩師で団長の貞松融も思い入れがあったそうだ。上演に際してはハンス・ツェンダー編曲版を使用した。“創造的編曲”と銘打たれるように独自の解釈で表現し直している。現代音楽特有の特殊奏法やさまざまな楽器を駆使し、原曲をよりドラマティックに視覚化したものだ。ちなみにジョン・ノイマイヤーもツェンダー編曲版を用い舞踊化(2001年)しているが、森は同作に参加していないし観てもいないという(森はハンブルク・バレエ・スクールに留学している)。

「冬の旅」には、不治の病に冒され、貧乏にあえぎ、孤独な“さすらい人”であったシューベルトの生と死が重なるといわれる。彼が「冬の旅」を作曲したのは30歳という最晩年のことだ。ロマンティックで甘美な響きのなかに森が強く感じたのが「切なさ」。“「死」への憧れや救いとともに恐怖や絶望が影のように付きまとう感じを鮮明にイメージした”という。ミュラーの詩に囚われず、音楽から喚起されるイメージを頼りに構想を膨らませていった。あるきっかけから旅に出る青年の魂の彷徨を陰影深く描き出していく。

 冒頭、客席から、「旅人」(武藤天華、堤悠輔、アンドリュー・エルフィンストン、川村康二)と、 その影法師であり道標でもある「ドッペルゲンガー」(貞松正一郎・森優貴)があらわれる。その後は、旅人の心象風景を4人が順に踊り継いでいく趣向で、ドッペルゲンガーが対となって不即不離の関係で寄り添っていく。 さらに、そこへ若者が旅に出る要因となる「少女」 (谷村さやか)、厳しい旅のさなか若者を温かく優しく包む「光」(正木志保・瀬島五月・川崎麻衣)、若者がつねに思慕する 「記憶」(竹中優花)、それに「花嫁」(角洋子)と「花婿」(水城卓哉)、「瞳」(上村未香・佐々木優希)といった登場人物たちが絡んでいく。

 ナイーヴな感受性で若者の悩みを表した武藤、絶望し死への誘惑に惹かれるも煩悶するさまが真に迫る堤、生への未練も滲ませ痛々しいエルフィンストン、静かに死を受け入れようとする川村。 旅人の魂の彷徨に沿いつつ四人四様の踊り手の表現の質・感性の違いが浮びあがる。そして、怒りや悲しみ絶望、甘美な記憶への追想など、生きて死んでいくうえで誰の胸にも去来するようなありとあらゆる感情が交錯する。 人生そのものが「旅」であることを寓意的・象徴的に描きつつ観るものに切実なリアリティをもって迫ってくるのだ。

 森の振付に接して誰しもが感じるであろうことは音楽性の豊かさ。“動きというものには、すべて理由があり、きっかけがある。そして、必ず感情と状況と時間がリンク”すると彼は語る。『冬の旅』の場合、単に譜面にあわせたというものでも、曲の雰囲気をなぞるものでもない。動きと音楽が一体化している。視覚的にも聴覚的にも心地よく、素直にシューベルト/ツェンダー/森の世界に入っていける。ムーヴメントも語彙が豊富にして才気に富む。森はシュテファン・トスに師事、マッツ・エックらの作品も踊っている。上半身をひねった動き、腰を落とし、たわめた動きなどコンテンポラリー・バレエの規範となる動きを軸に日常的な動作も組み込みつつ緩急自在に質感を調整していく手腕に脱帽である。

 初演時にも各紙誌で高い評価を受けた。スケール大きく思索性も深い創作を高い水準で完成させることは容易ではない。 団の底力を示した画期的成果であったが、一層伸びる余地を指摘する声もあった。今回、吊り下げられた木やドアなどのシンプルながら効果的な美術を充実させ空間演出に変化と密度を加えた。 場面ごとの流れなど構成がくっきりと見え、物語に起伏が生まれた。団員も森の振付をよく吸収し一層自らのものにしている。再演を重ねることによって作品は深化・深化するし、観る方もより奥深く味わえる。 わが国において創作ものの再演は諸条件から難しい。初演後ただちに翌年の再演を決めた英断に敬意を表する。そして、実り多い再演に対し文化庁芸術祭大賞があたえられた意義は大きい。

 初演時、ラストは旅人が客席に背を向けて消えてゆくというものだった。今回は、少女に導かれ客席に降りてくる。死から生へ。貞松融の、死で終わりたくないという願いもあるようだ。が、私は、初演時に明確な「死」を感じなかった。 深い絶望や葛藤の果てに淡々と死を受け入れていくかのような旅人の姿に、どこか穏やかさというか救いをも感じたからだ。『羽の鎖』の幕切れに顕著なように、世阿弥のいう「秘すれば花」、観るものの解釈と想像にゆだねる余白こそ森作品の魅力のひとつだと感じていたので、今回の終わり方に、いささか意表を突かれた。けれども、こうも感じた。 語るべき「希望」 はなくとも、「希望」を見出すことができるのが人間であり、それを促すのが芸術であるかもしれない――。 いまの時代、なおさらそう信じたい。人間の素晴らしさ、生きることの素晴らしさをバレエで表現することをモットーとしてきたこのバレエ団の歩みからすると腑に落ちる。じわりと感動が増した。

併演:『ホッとタイム』(振付:長尾良子)
(2011年10月7日 神戸文化中ホール)
撮影:岡村昌夫(テス大阪) 古都栄二(テス大阪)

※なお、文中の森の言葉を2010年の「創作リサイタル22」公演プログラム収載の当方による森への取材記事「森優貴が語る〜創作『冬の旅』の作品世界」から引用。今回の記事の拙文に関しても一部は同記事と重なる。