渡辺真弓ようこそ劇場へ

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No.4

ミラノ・スカラ座『ライモンダ』

今年のシーズン開幕には、世界各地の劇場で、多彩な新制作のプログラムが上演され、活況を呈しています。 その中で、ミラノ・スカラ座の2010〜2011年のシーズン最後に上演されたグラズノフ作曲『ライモンダ』の初演版の復活上演の話題をお届けしましょう。(10月11日から11月4日までの10公演)

ミラノ・スカラ座『ライモンダ』

第1幕第2場夢の場より ライモンダ(ガリターノ)とジャン・ド・ブリエンヌ(ネジャ)
PHOTO:Brescia Amisano

 日本でも『ライモンダ』は、近年比較的上演される機会が増えている、おなじみに演目の一つです。ちなみに、来年1月に来日するボリショイ・バレエのプログラムにも入っていますので、興味のある方はぜひご覧になっていただけたらと思います。
 今回スカラ座で上演されたのは、1898年に、古典バレエの巨匠マリウス・プティパの振付で、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演された原典版の再現です。この考古学の発掘のような手の込んだ作業を手がけたのは、マリインスキー劇場のセルゲイ・ヴィハレフです。ヴィハレフは、これまで『眠れる森の美女』や『ラ・バヤデール』『フローラの目覚め』等プティパの名作バレエの復元上演を成功させた名バレエ・マスターですが、プティパの最後の大作『ライモンダ』の原典版を見事に現代に蘇らせてくれました。復元に当たり、振付に関しては、ハーバード大学のセルゲーエフ・コレクションに保存されていた振付記録を、舞台美術や衣装に関しては、サンクトペテルブルクの博物館や図書館等に残された資料をそれぞれ参考にしたということです。
 実際、お目見えした舞台は、帝室ロシア・バレエの黄金期の威光を十二分に伝え、プティパのバレエ芸術の集大成としての真価を示した素晴らしいものでした。

『パゴダの王子』見どころ 第2弾

第1幕第2場よりライモンダ(ノヴィコワ)とアブデラーマン(ゼーニ)PHOTO:Brescia Amisano

 驚きは、幕が開く前から始まりました。中世の十字軍の遠征の様子をきめ細かく描いた緞帳。まるで、美術館か宮殿の中で名画を鑑賞しているような錯覚に陥り、この精巧な複製技術にはただただ感嘆。これは、伝統あるスカラ座のアトリエならでは可能だったことでしょう。
 ミハイル・ユーロウスキー指揮スカラ座管弦楽団が前奏曲を奏で始めます。スカラ座で観劇するのはこれが初めてのことではないですが、この綾織りのような荘重な響きには、最初の一音から引き込まれてしまいました。オペラと同じように、このオーケストラの演奏は、あたかも歌っているような豊かなニュアンスに富んでいて、本当に陶酔させられます。

『パゴダの王子』見どころ 第2弾

第1幕第2場、幻想的な夢の場 PHOTO:Brescia Amisano

 『ライモンダ』は、中世の仏プロヴァンス地方に始まり、美しい伯爵令嬢ライモンダと、十字軍の騎士ジャン・ド・ブリエンヌの恋物語を3幕にわたって描いたものです。舞台美術は、三人の美術家が分担してデザインしたもので、第1幕はフランス風、第2幕は東洋風、第3幕はハンガリー風と各幕の色彩のコントラストがくっきり。全体に鮮やかな色彩の衣装は、当時の劇場総裁フセヴォロジスキーのデザインによるもので、その大胆な色使いやモダンなデザインにはあっと驚かされました。例えば、第2幕で、ライモンダとアブデラフマンの衣装をいずれも真紅の色で合わせ、周囲から際立たせた点や、第3幕のハンガリー風の衣装の配色など、全て振付を考慮したものであることに感心させられます。
 振付については、クラシック・ダンスはもちろん、プティパの多彩なボキャブラリーをたんのう。第1幕第1場では、とりわけ中世の趣が濃く、宮廷舞踊のような床を摺って歩くパが興味深いほか、音楽の中で流れるように優雅に振り付けられたマイムが目を引きました。ライモンダのおばであるシビル・ド・ドリス伯爵夫人や城の守護神である白の貴婦人のマイムがたっぷりと見られます。いずれも現代の演出では、ほとんど姿を消してしまったものです。

ミラノ・スカラ座『ライモンダ』

第2幕より、左から、ベランジェ(コヴィエロ)、クレマンス(ポディー二)、ライモンダ(ノヴィコワ)、アンリエット(ガリターノ)、ベルナール(アゴスティノ)PHOTO:Brescia Amisano

『パゴダの王子』見どころ 第2弾

第3幕グラン・パより ライモンダ(ノヴィコワ)とジャン・ド・ブリエンヌ(フォーゲル)
PHOTO:Brescia Amisano

 第2幕と第3幕の多彩な民族舞踊の数々も、プティパの偉大な才能を物語るに十分でした。
踊りの中心は、女性ヒロインのライモンダで、6つの主要なバリエーションをはじめ、パ・ド・ドゥもあり、出ずっぱりの大活躍。ゲストのオレシア・ノヴィコワは、繊細可憐な役作りで、終始舞台の華として輝いていました。第2幕のバリエーションでは、ポワントでのアントルシャ・カトルを連続して軽々とこなすなど大変なテクニシャンでもあります。相手役のジャン・ド・ブリエンヌ役には、第3幕まで、踊りらしい踊りが見られないのが残念ですが、ゲストのフリーデマン・フォーゲルは立ち姿も凛々しく、終幕で、すがすがしい跳躍を披露して本領発揮。ライモンダに横恋慕するサラセンの騎士、アブデラフマンは、完全にマイムの役でしたが、ミック・ゼー二の情熱的な演技には非常に説得力がありました。後世のヌレエフやグリゴローヴィチ版では、こうした男性主役陣の踊りの見せ場を増やしていますが、原典版からの振付の変遷には興味深いものがあります。

ミラノ・スカラ座『ライモンダ』

第3幕グラン・パより ライモンダ(ノヴィコワ)とジャン・ド・ブリエンヌ(フォーゲル)
PHOTO:Brescia Amisano

 それから重要なのは、プティパのバレエには、観客をあっと驚かすマジックの世界が豊富に用意されていること。もう一回、子供を対象にしたマチネ公演も鑑賞したのですが、その時の子供達の反応といったら、それはにぎやかで、場面が転換し、夢のような光景が出現するたびに、「ウワーッ」という歓声は上がるし、最後は、「ブラービ!ブラービ!」の大合唱で、劇場全体が熱狂に包まれていました。こんなに素晴らしい舞台を体験した子供達の中からは、間違いなく将来のスカラ座を支えていく観客が育っていくことでしょう。
 マチネ公演の主役カップルは、スカラ座のソリスト。ライモンダ役のマリアフランチェスカ・ガリターノは、切れ味のよいテクニックとエキゾティックな表情が魅力で、ジャン役のエリス・ネジャは、端正なノーブルぶりが印象的でした。

『パゴダの王子』見どころ 第2弾

第3幕より壮観なアポテオーズ PHOTO:Brescia Amisano

 舞台には、スカラ座バレエ学校の生徒達も多数出演し、ほのぼのとしたメルヘン的情緒を漂わせます。例えば、第1幕第2場のライモンダの夢の場面で、大階段の前に、主役を中心に、妖精たちが優雅に佇んだ構図は、まさに楽園の雰囲気で、本当に息を呑む美しさ。
 第2幕、アブデラフマンの手下達が舞台を埋め尽くした様は、人海戦術の壮観さ。第3幕、ジャンの居城を望む庭園で繰り広げられるハンガリー風のグラン・パの異国情緒の魅力と、続く豪奢なアポテオーズ。プティパが創り上げたのは、音楽と振付と美術が一体となった壮麗な舞台であったのだということがまざまざと実感されたのでした。