渡辺真弓ようこそ劇場へ

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No.5

パリ・オペラ座『泉』新制作初演 

10月から11月にかけて、パリ・オペラ座で、ドリーブとミンクス作曲による『泉』が新制作で上演されました(10月22日から11月12日までガルニエでの上演)。『泉』は、フランスのロマンティック・バレエの末期にあたる1866年、ル・ペルティエ通りにあったオペラ座で初演。台本は、シャルル・ニュイッテルとアルチュール・サン=レオン、振付はサン=レオン。ドリーブにとって初めてのバレエ音楽の作曲でしたが、この4年後に、上記と同じ顔ぶれにより、名作『コッペリア』(1870年)が誕生することになります。 

ミラノ・スカラ座『ライモンダ』

ナイラのミリアム・ウルド=ブラーム PHOTO: Anne Deniau

 『泉』は、現在のオペラ座の建物のパレ・ガルニエが1875年に開場した際にも上演されましたが、公演プログラムの記述によれば、通算69回上演された後に、1876年を最後にオペラ座のレパートリーから消えてしまったそうです。一方、海外では、サンクトペテルブルクで既に1869年、『百合』(音楽はミンクス)のタイトルで上演されていたほか、ミラノやウィーンなどでも、様々に形を変えて上演が行われました。
 パリでもすっかり忘れ去られてしまったわけではありません。ドリーブのあのフランス的な輝かしいエスプリに富んだ音楽を蘇らせて、1925年に、時のメートル・ド・バレエ、レオ・スターツが、『祭りの夜』という1幕のバレエを創っています。これは、パリ・オペラ座および同バレエ学校のレパートリーにも入っていますが、いかにもフランス的な優雅な技巧を散りばめた洒落た作品です(日本では、1985年のオペラ座バレエ学校の来日公演や有馬バレエ団公演でも上演)。

『パゴダの王子』見どころ 第2弾

第1幕第3部<ナイラの世界>より、ナイラ(ウルド=ブラーム)とジェミル(ジョシュア・オファルト)のパ・ド・ドゥ PHOTO: Anne Deniau

 今回、振付を手がけたジャン=ギヨーム・バールは、現在オペラ座の先生で、オリジナル版の復元ではなく、全く新しいバレエを制作しました。エトワールの現役時代に、オペラ座バレエ学校から、『ペシェ・ド・ジュネス』を委嘱されたり、エカテリンブルク・バレエのために『海賊』全幕を振り付けた経験はありますが、オペラ座で全幕ものを創作するのは初めて。これまで何人かの現役エトワールに一晩ものの作品を委嘱してきたオペラ座ですが、第一作からいきなり傑作が生まれた例はあまり記憶にありません。今回の作品は、バールの現役時代の舞台姿を彷彿とさせるような、品よくスマートにまとめられた舞台で、クリスチャン・ラクロワがデザインし、スワロフスキーが光り輝くきらびやかな衣裳に、エリック・リュフのシンプルな舞台美術の中で繰り広げられるダンスの饗宴が観客の目を十二分に楽しませていました。

『パゴダの王子』見どころ 第2弾

第2幕第1場<カーンの宮殿>より、中央=ヌレッダ(ジュスペルギー) PHOTO: Anne Deniau

バレエの舞台は、コーカサスの山奥。物語は、泉の精ナイラと猟師ジェミルのかなわぬ恋を主題に、ジェミルと美女ヌレッダの恋を成就させるために、ナイラが自らの命を犠牲にするという悲しい結末で終わります。バールは、魔女モルガブの存在をカットしたほかは、ほぼ原作に忠実に筋を運び、2幕3場のバレエに仕上げました。
 「パを新たに創り出すのではなく、アレンジしたのです」と自ら語っているように、妖精達の踊りは、『ジゼル』のウィリの群舞あるいはバランシンの『セレナーデ』風、エルフのザエルと仲間達の踊りは、ノイマイヤーの『真夏の夜の夢』のパックと妖精達、コーカサスのキャラバンは、スキビンの『コーカサスの虜』の行進を想起・・・と、振付にはどこか懐かしさを覚える部分が少なくありません。
 音楽は、第1幕=山奥のナイラの世界がミンクスで、第2幕第1場=カーンの宮殿がドリーブ、同第2場=犠牲がミンクスとドリーブ。クーン・ケッセル指揮パリ・オペラ座管の演奏は、宝石がこぼれ落ちるような輝きに満ち、この名曲を復活させてくれただけでも、今回の上演の意義を感じます、とりわけ、第2幕のドリーブの音楽は、おなじみの『祭りの夜』のものと同じですので、高らかなファンファーレが始まると見ている側も思わず心が弾みます。ただ、振付には、スターツのような小粋な遊び心はあまりなく、あくまでストレート。振付がシンプルな分、各場面の繋ぎ方や演出には改良の余地を残しているような気がしました。例えば、妖精ナイラが出現するシーンには、あっと驚くようなマジック効果があってもよかったですし、最後に、ナイラが犠牲となって命を落とすシーンもあっけなく、観客の目を引きつける演出にもう一工夫ほしいと思ったのも確かです。この点は、経験を重ねていくことで変化が見られることでしょう。

ミラノ・スカラ座『ライモンダ』

第2幕第2場<犠牲>より、ヌレッダ(ミュリエル・ジュスペルギー)とジェミル(オファルト)のパ・ド・ドゥ PHOTO: Anne Deniau

 ナイラを演じたミリアム・ウルドーブラームは、可憐で透明感のある踊りで妖精そのもの。こうした資質は、ラ・シルフィードに適役でしょう。猟師のジェミル役には、台頭著しいジョシュア・オファルトが扮し、ヌレッダをひたむきに愛する純粋な青年を好演しました。そのヌレッダには、ミュリエル・ジュスペルギー。あでやかな民族衣裳をまとった妖艶な演技が見ものでした。カーンの寵姫ダジェのシャルリーヌ・ジーザンダネは、個性豊かな演技で、ライバルのヌレッダに強い対抗意識を見せました。ザエルのアレッシオ・カルボーネの茶目っ気のある演技も印象に残ります。最も貫禄を感じさせたのは、コーカサスの隊長でヌレッダの兄モズドクを演じたクリストフ・デュケンヌ。踊りもシャープで力強く、何より役になりきっている点が、物語の展開に弾みを加えていました。
 今回は、初日のナイラを踊る予定だったエトワールのレティシア・ピュジョルが怪我で降板してしまいましたが、プログラムの表紙にもなった愛らしい妖精ピュジョルの姿を一日も早く見たいものです。