2012 ART DANCE KANAGAWAWA No.9『兵士の物語』

~中村恩恵が振り付け、首藤康之が踊った、ダンスで語られる物語

語られ、演じられ、踊られる物語――。『兵士の物語』は朗読と演劇、バレエによる総合舞台芸術作品として名高い。1908年、ロシアの民話をもとにシャルル・フェルディナン・ラミューズが台本を書き、イーゴリ・ストラヴィンスキーが作曲した。

休暇のため故郷に戻る途中の兵士が老人に化けた悪魔に出会う。 言葉巧みにだまされ、愛でているヴァイオリンと将来が見える=お金になる書を交換する。 兵士は3日間悪魔と過ごし、ヴァイオリンの弾き方を教え、書の読み方を習う。帰郷すると、なんと3年の月日が流れていた。 人々は彼を幽霊だと思い恐れおののいて誰も近づかない。家族も失った。そこで兵士は……。人間にとって幸せとは何か?根源的ながら答えの出せない主題を問いかける。 汲めども尽きぬ魅力あふれる名作だ。

『兵士の物語』撮影:スタッフテス 飯田耕治

今回、舞台化したのが中村恩恵。世界の巨匠イリ・キリアンの下で踊り、帰国後精力的に創作を発表している。いま、もっとも注目されるコレオグラファーのひとりといっていいだろう。中村の出身地でもある神奈川県下のバレエ&モダンのスタジオが集う公益社団法人 神奈川県芸術舞踊協会の委嘱作として大作に挑んだ。

中村版は「踊られる物語」だった。原作にあるナレーターを登場させずに、語り(フランス語)は演奏ともども録音で流すという趣向。 主人公の兵士には近年、共演・共作を重ねる首藤康之を配する。 悪魔には中村同様キリアンの下で活躍し、現在日本でフリーとして活動する気鋭・小㞍健太を抜擢した。 また、原作には台詞のない王女の役を加え中村自身が演じる。さらに独自の試みとして、ヴァイオリンの精という象徴的な役柄を作り、キリアンの下をはじめ海外経験豊富な渡辺レイが扮した。王役も登場させ、首藤と東京バレエ団時代の同僚である後藤和雄が演じている。

『兵士の物語』撮影:スタッフテス 飯田耕治

特徴は数の精、故郷の人々、兵士たちという群舞をコロスのように用いたこと。ソリストの関係性と群舞の効果的な用い方によってストーリーと状況を手に取るように伝える。フランス語の朗読の使用(字幕なし)に関しては賛否あると思うが、物語を知らず、朗読の意味が分からなくても展開はおおよそ掴めるのではないか。暗幕を多彩に駆使した空間演出もシンプルながら踊りが映える仕掛けだった。

『兵士の物語』撮影:大河内禎

首藤は純朴な青年そのものだ。近年の彼の舞台といえば小野寺修二の『空白に落ちた男』でも、シディ・ラルビ・シェルカウイの『アポクリフ』でも、ウィル・タケットの『鶴』でもそうだったけれども、これ見よがしな演技はしないし、「見せ場」で派手に踊ることもない。だが、作品の核を担い、おのずと観るものを引きこんでいく――。首藤を介し、作品世界へと誘われ、物語が動き出す。長年の経験から掴んだと思われる独特の演技の間(ま)、肩の力の抜けた、しなやかな踊り。何物にも染まらぬ純粋さと確かな存在感が同居する。内外のクリエイターを刺激し、多くの観客の共感を誘う踊り手・表現者としての得難い個性が、ここでも発揮された。

『兵士の物語』撮影:大河内禎

小㞍の悪魔は良く動いて首藤の兵士に不即不離で絡む。彼の動きの引き出しの多さとエネルギッシュさを存分に活かした。ヴァイオリンの精の渡辺の踊りも音楽と一体化し、観ていて心地よい。王女の中村は透明感のある美しさが印象的。それを、いぶし銀の存在感の後藤が支える。振付はバレエ・ベースにコンテンポラリーな質感なのだが、中村、渡辺、小㞍というネザーランド・ダンス・シアター組と東京バレエ団でキリアン作品を踊った首藤と後藤の相性は絶妙といってよかった。

大きく称えたいのが群舞の語る力。58名ものオーディションで選ばれた女性陣が、数の精、兵士たち、故郷の人々を踊る。 協会員だけでなく広く門戸を開いて募集したところ、バレエ/現代舞踊/コンテンポラリー・ダンスという枠を超えた逸材が揃った。 合同公演の寄り合い所帯であるが、よくまとまっており、コロス的役柄をしっかりと果たしていた。彼女たち抜きに今回の『兵士の物語』は成立しない。

『兵士の物語』撮影:大河内禎

『兵士の物語』撮影:大河内禎

前半最後に登場したボリショイ・バレエ学校の『百万長者のアルルカン(アルレキナーダ)』は、ソリストのクセニヤ・リジュコワとアルトゥール・ムクルチャンが胸のすくような技巧を次々に繰り広げ、客席は沸きに沸いた。  後半は、クランコ・スクールのローランド・ダレシオ振付『太陽に降り注ぐ雪のように』をはじめ、英国ロイヤル・バレエ学校のアシュトンの名作『ラプソディー』、ハンブルク・バレエ学校のノイマイヤー振付『スプリング・アンド・フォール』と見応えのある作品が続いた。中でも、英国ロイヤルのアネット・ブヴォリとエヴァン・ルードンは、成熟したプロの演技で大器の可能性を感じさせた。  最後にオペラ座バレエ学校が『青春の罪』で登場。ボリショイ・バレエ学校が、純然たるクラシックの強みで圧倒し、それに奮起させられたのか、今回三回見た中で最も完成度の高い舞台を披露し目を見張らせた。このような香り高いネオ・クラシックのバレエで本領を発揮する生徒たちには、無尽蔵の可能性が秘められているようである。

(2013年2月10日 神奈川県民ホール)