日本バレエ協会2013
都民芸術フェスティバル参加
『白鳥の湖』全幕

~古き良き時代の残り香あるゴルスキー版を豪華キャストで上演!

公益社団法人 日本バレエ協会は1970年以降毎年「都民芸術フェスティバル」に参加し、主に古典全幕作品を披露している。オーディションによって選ばれた出演者を中心とする合同公演の形態だ。近年、舞踊史家・評論家として世界的に高名な薄井憲二が会長に就いてからは、上演作品の選定と舞台の仕上がりに変化がみられるようになった。

ことに2010年に取り上げ、2012年に再演したメアリー・スキーピング版『ジゼル』は、日本でなじみ深いロシア版とは趣を異にし、原典に近いとされる構成が特徴。監修のイルムガルト・ベリー、振付指導の内海百合らの的確な指導によって、きわめて高いクオリティの舞台を生んだ。翌年のワレンチン・エリザリエフ版『ドン・キホーテ』も、古典の品位を保ちながら随所に楽しく盛り上げる趣向が散りばめられ好評を博した。

エレーナ・エフセーエワ&ミハイル・シヴァコフ 撮影: スタッフ・テス 飯田耕治

2013都民芸術フェスティバル参加公演は『白鳥の湖』だった。都民芸術フェスティバルではクラシック・バレエの代名詞をたびたび取り上げてきた。戦後間もない1946年に全幕日本初演を果たした小牧正英、その舞台で王子役を務めた島田廣やロシアから招いたナタリア・ドゥジンスカヤ、アンナ・マリ・ホームズらの改訂振付によって時代を画したスターたちが妍を競っている。今回上演したのはアレクサンドル・ゴルスキー版だった。

バレエ通からすると「いま、なぜゴルスキー版?」と思うかもしれない。今日決定版といわれるのがセルゲーエフ版だ。マリインスキー・バレエ(旧キーロフ・バレエ)のレパートリーとして世界中で上演され、新国立劇場でも2006年に牧阿佐美版に代わるまで上演されていた。美しく詩情に富んだ版として名高い。いっぽう、ゴルスキー版は1901年に初演され、以後も度々改変されつつ1975年までボリショイ劇場のレパートリーに残った。現在は上演されることが極めて少ない(東京バレエ団がレパートリーにしている)。

エレーナ・エフセーエワ&ミハイル・シヴァコフ 撮影: スタッフ・テス 飯田耕治

今回のゴルスキー版『白鳥の湖』はベラルーシ国立ミンスク・ボリショイ・オペラ・バレエ劇場芸術監督であったワレンチン・エリザリエフの改訂版。演技が緻密で名版といわれる『ドン・キホーテ』で知られるだけにゴルスキー版ならば演劇性が高いかと思いきやダンスが淀みなく続く。余興の踊りの多い1幕、3幕に顕著なように華麗なる舞踊絵幕といった趣だった。エリザリエフならではの味付けによるものであろう。とはいえ道化を登場させたこと、ハッピーエンドである点などは、この版らしく、いかにも昔のロシア風だ。

芸術監督を務める薄井の選定には、こだわりが感じられる。原典の味わいを残すもの、日本のバレエの成長に役立つもの、現代の観客にも説得力があり楽しんでもらえるもののバランスを考えているのだろう。そのうえで、監修や指導にあたるスタッフのもと、全国的な大組織である強みを活かし、適材適所の配役を行っている。美しい情景の連続するセルゲーエフ版も捨て難い。が、それ以前の時代からの残り香もあるゴルスキー版を紹介し、同時に日本の多くの若い踊り手が学ぶことに価値があると判断したのではないか。

瀬島五月&奥村康祐 撮影:スタッフ・テス 飯田耕治

今回は主役キャストが豪華だった。エレーナ・エフセーエワ&ミハイル・シヴァコフ、瀬島五月&奥村康祐、酒井はな&厚地康雄の競演。ロシア組が呼ばれた経緯は分からない。ただ、ミハイロフスキー劇場所属のシヴァコフは同劇場が2009年から導入しているゴルスキー版に基づくミハイル・メッセレル版を踊っている。日本を代表するプリマのひとりと称せられる酒井は、近年この都民芸術フェスの常連だ。大柄にしてノーブルで甘い雰囲気のただよう厚地と組んだこともあり、その日は大入り満員の盛況だった。

取り上げたいのは瀬島&奥村。瀬島は神戸の貞松・浜田バレエ団所属で海外経験もある実力者である。関西では抜きん出た実力と知名度を誇るが、東京では、まだ、さほど知られていな(平成25年度中川鋭之助賞を受賞し、ようやく「全国区」になりつつある)。奥村も端正なテクニックとマナーのいい演技が光るノーブル・ダンサーだが、この時点では所属する新国立劇場において全幕主演経験がない。そんなふたり――しかも一度も共演したことがなく、かつ身長差が若干ながらも気になる――を組ませるとは!異例の大抜擢だったが、大型プリマ&王子役として得難い才能を持つ踊り手同士の共演である。

瀬島五月&奥村康祐 撮影:スタッフ・テス 飯田耕治

第二幕でオデットを踊った瀬島は関西で踊った舞台とは印象が違う。いつになく慎重で、王子との出会いの場など顔の表情も作りすぎ。ソロではポワントが落ちるというアクシデントも……。「らしくない」演技が続く。はじめて挑んだバージョンのためか苦戦していたように思われた。しかし、誠心誠意ささえる奥村のサポートを得て、じょじょに観るものを引きこんでいく。透明感がありながらも、どこかしっとりとした陶酔感を示して、囚われの姫の孤独と哀しみをせつせつと伝える。磁力が違う。やはり並はずれた才能だ。

第三幕は瀬島の独擅場。たたずまいからして貫録があり「これぞプリマ!」と膝を打つ思い。周囲を睥睨し、蠱惑的な眼差しで王子を誘惑する。グラン・フェッテでは、技の切れの良さもさることながら、リズミカルにもりあがる音楽と自在にたわむれ比類ないといっていい高揚感をもたらした。奥村も超絶技巧をほぼパーフェクトに決めただけでなく、たたずまいに色気が増した。やや小柄だが、たくましく成長。エリザリエフは3日間ともカーテンコールに登場し、元気にはしゃぐ姿を見せていたが、私見では、この日がもっともハイテンション!瀬島の抜群の音楽性と圧倒的なオーラ、奥村の完成度の高いテクニックと優美な演技は大げさでなくワールド・クラスといっていい。エリザリエフが喜ぶのも当然だろう。

酒井はな&厚地康雄 撮影:スタッフ・テス 飯田耕治

日替わりで多くのソリストが登場した。存在感たっぷりのロットバルトを好演した藤野暢央、目を瞠るほどの超絶テクニックと、ぐいぐい引っ張るショーマンシップで魅せた道化の八幡顕光(3日目)、技量高く若々しい踊りの光ったパ・ド・トロワの河野裕衣・大長亜希子・福田圭吾(3日目)などに注目した。王妃の宮本東代子(全日)、家庭教師の桝竹眞也、江藤勝巳、中村一哉(日替わり)らベテランを配役できるのも協会公演ならではの強みといっていいだろう。今回を糧に若い踊り手のさらなる躍進にも期待したいところである。

酒井はな&厚地康雄 撮影:スタッフ・テス 飯田耕治

白鳥たちの群舞も悪くない。全体から醸す「うねり」、それと雰囲気に、えもいわれぬ味がある。個々の踊り手が音楽を感じて踊り舞台に存在していた。そこから角張らない優雅な雰囲気を引き出すことに成功。統一感あるのみならず味わい深い群舞を生んだ。バレエミストレス渡部美季(とアシスタントの鶴見未穂子)の指導力と芸術性を評価したい。そして、国内で活動するバレリーナの層の厚さにあらためて感心させられる。しかし、同時に、彼女たちが踊り手として恒常的に活動できない現状を歯がゆく思った。

(2013年3月15~17日 東京文化会館大ホール)
指揮:福田一雄 演奏:東京ニューフィルハーモニック管弦楽団