山田うん(Co.山田うん主宰) ロングインタビュー ~必然と偶然と出会いが後押しする、自己完結なき創造

 平成26年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(舞踊部門)を受賞した山田うんさん(ダンサー・振付家)の活躍には目覚ましいものがあります。Co.山田うんを率いて国内外で活発に公演活動を行うとともに教育・アウトリーチ活動にも意欲的です。2015年9月に新作『舞踊奇想曲 モナカ』を発表する山田さんにCo.山田うんの活動や創作についてお話を伺いました。

取材・文:高橋森彦(舞踊評論家)

山田うん ©宮川舞子Maiko Miyagawa

――2002年にCo.山田うんを立ち上げられた経緯は?

 1996年から振付を始めましたが、自分の頭の中で考えていることと、実際に手作業で振付ができることのギャップに悩んでいました。考えていることを体現するには相当時間がかかるし、知り合いだけで集まっても絶対に無理だと確信していたので、長期でやれるグループを作りたかった。お給料を出せないのですが、形だけでもカンパニーとしてドンと構えて、今思いついたことだけでやる訳ではないよという体制がほしかったんです。

――ダンスを始めた当初から振付に関心があったのですね?

 はい。ダンスって言葉でも音楽でもなく、美術作品のように残るものでもなく、不思議なアートなのか見世物なのかよくわからないものだと思います。少しでも自分が納得できるものを創るには、どういった土台を作ればいいのかを考えなければならない。たとえばジョージ・バランシンだったらクラシック・バレエのテクニックを駆使してダイナミックに振付を考えていく。マギー・マランだったら、いかに振付という概念を拡張、超越するかを考える。そういった基盤を見つけるのに数年かかると思ったのですね。まずはオーディションをして、自分のやりたいことを一緒にやってくれるダンサーに出会いたいと思いました。

――結成の前に音楽家の足立智美さんと何度か協同作業をされたりしていました。

 足立智美さんとやっていた時は一対一でコンセプチャルに仕事ができ刺激的で楽しかったのですが、踊りを追求する場としては物足りなかった。それでベタだと言われても踊りをやれるカンパニーを作ろうと思いました。その前にグループ作品を創ったこともありますが手探りの状態で骨格も何もなくゴチャゴチャしていました。2000年に「横浜ダンスコレクション」で「若手振付家のため在日フランス大使館賞」をいただいてフランスに行き、ヨーロッパの色々な作品を観ると、皆さん基盤があるんです。何に向っているのか、何に歯向かっているのかを、どの振付家もはっきりと持っている。ただ、その中に踊りが立ってこないのが物足りなかった。コンテンポラリーダンスはコンセプチュアルアートのような方向性を持っており、踊りがなくても身体がなくても成立する分野になっていました。私はもっと「踊り」をやりたくて帰国後に民俗芸能や古武術、禅や仏教を学んだりしました。日本人の身体性や物の考え方を学び直したりしながら踊りを創りはじめました。

「ワン◆ピース」(初演2004 改訂版2014)©羽鳥直志 Naoshi Hatori

――Co.山田うんの旗揚げからしばらくの間は毎回毛色が異なる作品を発表しました。

 いくら踊りを立ち上げたいといっても、それだけでは続けていけません。それに劇場の確保や助成金の申請などは公演の1年以上前から動き始めます。コンセプトを決めたり、タイトルを決めたりと頭の思考から始めざるを得ない。若手の条件は先駆的であることが前提です。私は、かなり客観的に見て自分を若手だと思う時期には、先駆的だと思われていることに堂々と立ち向かわなければいけないと考えていました。「今度はこういうことをします、今度はまた新しいことをします」という風にわかりやすく先駆的な作品を発信していく。
 まず物語のある『ハイカブリ』(2002年)を創りました。『ドキュメント』(2008年)だったら一対一でダンサーと向きあった後に12本の作品を絡ませてみようという創り方。『ショーメン』(2010年)では正面性というものを排除してみたら踊りはどうなるのかを実験しました。そうやって毎回新しい試みを提示することが対外的にも内輪にも大事なことでした。内輪に対しては、たとえば若いダンサーが新しいことに向う時、何が新しいのか分からないことがあります。でも「一人ずつリハーサルをします」とか「今回、舞台に正面がないんだよ」とかいうと、新しいものになるんですね。クリエイション経験の少ないダンサーたちにとって分かりやすく新しさを投げるためには仕掛けが必要です。最初に魔法をかけるというか演出。ダンサーが向かう状況に対して、まず演出を仕掛けなければならない。そういうこともあって毎回違った作風をお見せしました。

――コンセプトが明確でありつつダンスも魅力的で説得力があると感じていました。

 自分だけが分かる言葉を使うのが好きじゃないんです。一人でも多くの人から「胸に刺さった!」とか「なんかわかる!」とか反応が返ってくるといいなと思う。だからタイトルをシンプルしたり、美術や衣裳でもなんでもいいのですが、一掴みでポンとポケットに入るような提示の仕方をしたりするようにしています。チェーホフの「妻への手紙」を題材にした『W.i.f.e.』 (2004年)は、チェーホフが好きな人に観てもらうのはもちろん、ダンスの好きな人でもチェーホフに興味を持ってくれるかもしれないなと考えて創りました。
『ハイカブリ』の次が『W.i.f.e.』『ワン◆ピース』(2004年)でしたが、『ハイカブリ』は私の中で物語的なものと数学的な考え方というのを両方とも入れた作品だったんです。でも一挙にできないことが分かりました。そこで文学というものを逆手に取るような『W.i.f.e.』と数学的な構造による『ワン◆ピース』を同時に創るとどうなるのかと思ってダブル・ビルにしました。創ってみて驚いたことに数学的だと思っていた『ワン◆ピース』の方が言葉というか文学に近くて、文学的だなと思って創った『W.i.f.e.』が数学的、幾何学的だったんです。大きな発見があり、いつか融合したものを創りたいと思いました。

「ショーメン」(初演2010)©塚田洋一 Yoichi Tsukada

――Co.山田うんのダンサーを選ぶ基準を教えてください。

 エネルギーのピュアさみたいなものですね。どれだけ純粋なエネルギーを持っているか。観客に差し出すに相応しい新鮮なエネルギーを体で運べる人かどうか、というのが大事な所です。ただ創設当初の田畑真希たちを採用した時と今のメンバーの採用基準は違います。
 田畑たちが参加していた設立当初は、腰・股関節・肩甲骨の可動域の広さと骨格で選びました。それと身長のバランスで自分より大きな人と小さな人が半々くらいになるようにしました。バレエとかモダンダンスとか新体操とかをやっていて、自由に踊ることや発想力より振付の再現能力があり、「形」を作れる技術があること。将来有望だと感じる若くて体力のありそうな、優秀な女性ダンサーを採用しました。関かおりもそうです。今一番長くいるカンパニーの重鎮ダンサー、伊藤知奈美あたりまでは、そういう基準で選びました。
 岩渕貞太が入ってきて、その後男性も来るようになりました。『ドキュメント』の時に再現能力より自由な発想を得意とする人を採用できる段階になり、その頃からメンバーが多種多様になりました。それから次の段階では全体のバランスを重視して採用するようになりました。ジャガイモがいたらニンジンも必要、塩も砂糖も、肉も野菜も必要だな、みたいな(笑)。そして、今は再現能力や発想力、創造性も要求します。

――日々の練習について教えてください。

 今は週に1回、UN工房(山田うんのスタジオ)で定例稽古を設けています。それ以外はアルバイトをするか他のカンパニーやプロジェクトに参加したり個人の舞台活動をしたりしています。それとワークショップのアウトリーチの依頼が多いので、ダンサーたちは午前中に幼稚園や保育園、小学校にアウトリーチに行っていることも多いです。5年前くらいから東村山福祉園という重度の知的障がい者施設にも行っています。必ず誰かしら午前中にワークがある。3人くらいでチームになって学校や施設に行く。もちろん新作やレパートリーの再演の際は全ての予定を調整してリハーサルを組んでいます。結局、普段の練習量は少なくてもリハーサル量が異常に多いので、ほぼ年中稽古しています。
 定例稽古は基本的に即興ダンスですがピラティスやヨガもやります。この1年くらいはバレエをやっていますね。凄く簡単なバレエのテクニック、またはダイナミックに動く時に支えとなる身体の使い方を教えます。身体を壊してしまったり、身体の使い方が上手にいかなかったりすると、無駄な筋肉を使い体力を消耗してしまうので、どうやったら身体を壊さないでいられるかを極力伝えます。ただ私は優秀なダンサーではないので上手にお手本はできません。最低限何をやったらいいのか、アドバイスしかできません。あとはとことん自由にふざけたような即興をやる時間です。興奮して踊りすぎて警察がきたこともあります(笑)。稽古は3、4時間。休憩はなくハードです。

「季節のない街」(初演2012)©塚田洋一 Yoichi Tsukada

――Co.山田うんは国内外で幅広く活躍していますが、その原動力として制作面の充実が挙げられると思います。創設当初から非常にしっかりしていると感じていました。

 自分が制作をやっていた(注:STスポット横浜スタッフとして活動)こともあり制作の重要さを分かっていました。コンテンポラリー・アート・ネットワーク(CAN)の菊丸喜美子さんから声をかけていただきました。勘だったのですが、信頼できそうだし、経験もお持ちでしたし、自分とは違った角度と距離からものの考え方ができる方だなと思ってすぐにお願いしました。
 フリーで一人で活動すれば小回りが利くので、組みたい人とすぐに組んでコラボレートできたり、自由気ままに活動できたりします。でも事務所に入ると自分一人で完結する仕事はどうかな?となる。ジレンマもありましたが制作会社があったから潰れないで今いられるのだなと思います。若手時代にはバラエティーに富んだ様々な企画に声をかけられますので、ありがたい反面、消耗して使い捨てられる可能性もありましたが凄く守ってくれました。CANは一歩一歩しか進まないというパートナーだったので、じれったい時もありましたが、それがあったから現在のカンパニー活動がある。今年、芸術選奨文部科学大臣新人賞をいただけたのもCANの支えがあったからだと感じています。菊丸さんも今の制作の上原も私が何をやりたいかを第一に考えてくれる。感謝しています。

――余談ですが若くて才能があるのに伸び悩むアーティストは見るに忍びないのですが…。

 今あるもの、今すぐに活用できるものだけを手にとっていても先には進めないんですね。たとえばダンサーに振りを渡す時、「今できるこの動き」という所に着地したら新しい動きを創ることはできない。「今この動きができないけれど、数か月後にはできるかもしれない」という振付を先回りしてやるんですよ。活動の全てにおいて、そういう所があります。

「結婚」(初演2013)©羽鳥直志 Naoshi Hatori

――近年の活動についてお伺いします。2012年の『季節のない街』は山本周五郎の小説が原作です。カンパニーのメンバーも増え新しい展開を迎えました。

 雑多なものをたくさん受け入れたいと思ったのですね。自分の手に負えないくらいのものを創りたい。常に自分の身体から飛び出していくようなダンス、ダンスを越えていくようなダンスを踊りたいし創りたいと思っていました。だけど、そこにダンサーを引っ張っていくには時間もかかる。『季節のない街』で初めてそこを飛び出してみようと思えるメンバーがようやく揃い、機が熟してきた感じでした。
 東日本大震災の日、私はいなかったのですがダンサーたちは施設でワークショップをやっていました。皆があの時を一緒に過ごしました。私は東北に田舎があるのですが街がなくなっちゃいましたよね。その感じが『季節のない街』とマッチングしたというか…震災とは関係なく創っていたので偶然で不思議な展開でした。裏版として『季節のある街』を創りYouTubeにアップしました。春に桜の木の下で踊ったり、夏の夕暮れに海で踊ったりしたのですが、その時、メンバーたちのなかから「踊りで今までに見たことのない世界を創っていこうよ」みたいな気持ちが湧き上がってきました。初めて幼虫が蛹を割ったみたいな、色々な種まきをしていて初めて芽が出たみたいな。

――2013年にはストラヴィンスキーの音楽に振り付けた『春の祭典』を発表されました。

 茅ヶ崎市民文化会館で初演しました。市民参加作品の『浜辺の歌』との抱き合わせ公演として30~40分のカンパニー作品を創ることになりました。『春の祭典』になったのは作曲からちょうど100年の記念年だったからいうのが1つ目の理由。そして、時間の長さがちょうどいいのが2つ目の理由。それからカンパニーとして大ホールで公演するのが初めなので、ダンサーたちに音も空間もすべてがダイナミックな所で、いかに自分が小さいかを分かる体験をしてもらいたかったのが3つ目の理由。私の故郷でもある茅ヶ崎市民の方に観て欲しかったというのもあります。音楽の誕生から100年というのは偶然でした。作品創りには、ただ単にやりたい、という個人の欲望だけではなくて偶然や縁が絡まります。

「春の祭典」(初演2013)©羽鳥直志Naoshi Hatori

――再演時のリーフレットに「土着的で直球的な創作舞踊に挑戦しました」とありました。

 鍛錬はしていますが器用ではない人間の持つ力というか凸凹も含めて日本人が踊るというか、今の彼らが踊るみたいな所はあります。たとえば阿波踊りとか神楽とかは労働している日本人の踊りです。練習はしているけれど仕事を辞めてまで踊りはしないですよね?仕事・労働をしたその体で踊るのがお祭りの技芸です。私にとって神楽的な身体といったら変なのですけれども、普通に日常的なこともできる身体、非日常なことしかできないのではなくて日常的に重いものを持ちあげられるとか労働できる身体でどういうことができるかというのが重要です。

――2014年9月17日~20日にKAAT神奈川芸術劇場大スタジオで行われるCo.山田うん新作公演『舞踊奇想曲 モナカ』についてお伺いします。昨秋の『十三夜』でも組まれた音楽家のヲノサトルさんとのコラボレーションになります。

 タイトルのように中身がギッシリと詰まっている感じにしたいのですが(笑)。中身というのは踊りそのもののことです。テーマやコンセプトではない。作品性や身体性でもなく「踊り」です。理屈や理解を超えて、見た瞬間に見た人の記憶にグサッと刺さるような踊りです。そのグサッという瞬間や状態をいかに創れるかを凄く考えています。そういう儚い一瞬の動きの連続です。その一瞬ごとにたくさんの意味の言葉や風景をぎゅうぎゅうに詰め込んでいます。観客にそれを味わってもらうために、どんな瞬間を作ればいいのか、音楽とダンスの関係性に様々なサブリミナル効果を仕込んでいます。
 これは、ただ音楽がスピーカーから流れる「踊りは舞台上の人間のもの」という発想だけではありません。カンパニーの群舞は「見る音楽」ですし、ヲノさんの音楽は「聴く踊り」であったりします。ですから、音楽と踊りという関係性の中に、「見た目」や「聴く耳」では分けられない状態が含まれている。また、新しい踊り、新しい音楽を創るということは、新しい言葉を創るような感じもするし、新しい建物を建てるような感じもする。でも言葉や建物と一番違うのは、出来た瞬間、つまり、踊りと音楽が交わった、結ばれた交点で、その点が消えるということ。消えた点は観客の胸に刺さったままになる。そういうものを、踊りとして、そして群舞として、どう創り込んでいけるのかなと。

「十三夜」(初演2014)©羽鳥直志 Naoshi Hatori

――構想をもう少し具体的に教えていただけますか?

 たとえば今こうやって私がお話ししていても、1つのことを言い終えられないと次のことを話せないじゃないですか?だけど群舞の場合は1つのことを言い終わらないうちに次のことを話せるんですね。同時に3つのことを話すこともできる。群舞だけではなく、踊りって、そういう働きができます。そういう部分では、音楽よりも美術作品や映画よりもリッチな時間と空間を創れるはずなんです。なのに「舞台芸術」なんて言われてからの踊りは音楽や美術に寄ってきている傾向がある。ということに関連して、何をもって自分たちのオリジナルの踊りなのかを徹底的に追求しています。バレエのテクニックでもなくて、日本舞踊のテクニックでもなくて、私たちのテクニックというのが正しいと思うのですけれど、そういう所でコツコツ創っている部分が多いです。身内にしか通じない言葉をいかに磨いてお客様に差し出すか、その差し出し方次第で世界中に通じる言葉になれるんじゃないか?みたいな「最中」を追求しています。とにかく喋ったことのない文体でいきたい。ただ文章を並べるのではなくて、その文体自体の色が魅力的というか喋り終わる前に喋っても許される質のものにしたい。

――振付はどのように進めているのですか?

 最初の3週間は一対一、一対二などの少人数稽古での振付です。様々な価値観のダンサーたち一人一人の体を観察しながら素材チェックから始めます。そして、私が今回の作品で向かいたい方向性と、一人一人のダンサーたちの体が今どんなことに向かっているのかを確認し接点を探ります。4週目から全体リハーサルを始め、6週目から構成を始めています。
 振りについて私は四次元的なことを考えています。たとえばソロのダンスを一次元とすると、こっちが客席、こっちが舞台という風に正面性のあるダンスを意識して踊ればテレビのCMとかでラインをはっきり見せるような二次元的なものになります。バレエのように三次元的な奥行きやフォルムを意識したダンスもあります。四次元のダンスが三次元と何が違うかといえば時間軸が伸びること。皆心の中は四次元で過去と未来を行ったり来たりできる。
 でも現実の世界は三次元。日本の伝統芸能の舞台とかは二次元的に作られていたりします。西洋の三次元の舞台でエクステンションされている所ではシルクやサーカスのテクニックだったり、一歩先の思想が反映されている哲学的なコンテンポラリーな舞台だったりすると思うのですが、私はアクロバットや思想や哲学には興味はなく今の身体に四次元的な動き方をもっと取り入れたいと思っています。群舞の構成も四次元になることで拡張されるのではないかと考えています。ただ立体的、ドミノ倒しのように見えるのではなくて。
 たとえば腕の動きが今から1.2.3...と10秒間で最大限に伸びていても胴体の横隔膜の中だけは腕の10秒についていかないといった身体の部位ごとの速度の「差」とか、視覚的に見えているものよりも聴覚的に耳に入る情報の方がほんのわずかに早く飛び込んでくるので、そこを埋めるための「差」とか。それらはすべて感覚的なことではなく、私にはとても具体的なことです。身体も空間もすべて同じ時間軸で動かない。それを昔はよく「一人時間差攻撃」といっていたのですが今は四次元と呼んでいます。空間と時間というものが、内側にも外側にも拡張されうる点を持っている。その点を実際に大勢の人に発見してもらいたい、視覚化したい、ということで考える振りです。

「七つの大罪」(初演2015)©羽鳥直志 Naoshi Hatori

――ヲノさんとの共同作業のプロセスを教えてください。

 『十三夜』の場合は後から音楽を付けてもらいましたが今回は同時です。ヲノさんのCDのなかに「舞踏組曲」というのがあり、その音楽からインスピレーションを得ています。舞踏曲ってありますよね。パヴァーヌとかワルツとかサラバンドとかメヌエットとか。ヲノさんは、そのような感じで舞踊曲を創り、私は踊りを創るのですが、言い換えれば私は見る音楽を、ヲノさんは聴く舞踊を作っているような感じでもあります。たとえばワルツだって、動きがあってあのテンポと拍ができたのか、音楽があって踊りができたのかわからないじゃないですか?色々あってそうなったのでしょうが、その色々をやってみたいんです。音楽とダンスの妙なる融合を創り出したい。

――最後に今後の抱負をお話しください。

 私は自己完結していないことしかやっていないんです。「自分の中で、こうやれば、こう見えるだろう」というのは面白くないので。自分には手に負えない状況の中で私はどうするんだろう?人はどうするんだろう?ということを仕掛け、そこから派生する動きが舞踊的にならないだろうか、なんて思っている。ダンサーたちにも社会に対しても舞踊関係者に対しても扱ったことない体験を仕掛けたい。「できない」で終わらない。そのためには自分のアイデアだけでも駄目だし他力本願でも駄目です。ここまでやって来られたのは必然と偶然が後を押してくれたからですが、今後も自分が考え続けていることと世の中の流れとか出会いも含めた偶然によって、もっと今よりもダイナミックに進んでいきたい。
 作品制作だけでなく教育でもそうですし、もしかしたら街づくりかもしれませんが、仕掛け、変化し、拡張されていく環境に興味があります。国内でも海外でもどんどん劇場で仕事がしたいですが、それだけに固執せず、自分が次に何をするかによって新しい誰かが通れる道が創れるくらいの勢いで歩いていきたかったりする。そう言葉にしてしまうと今言ったことは私の中で色褪せますね…。それよりも、今はまだ言葉にできないこと、まだ全然考えてもいないことをやりたい、としか言えないですね。

【公演情報】

  • KAAT Dance Series 2015
  • 『舞踊奇想曲 モナカ』
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  • 振付・演出: 山田うん
  • 音楽:    ヲノサトル
  • 出演:    飯森沙百合、伊藤知奈美、川合ロン、河内優太郎、木原浩太
  •        小山まさし、酒井直之、城俊彦、西田祥子、西山友貴
  •        長谷川暢、広末知沙、三田瑶子、山口将太朗、山崎眞結、山下彩子
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  • 2015年 9月
  •        17日(木) 19:30
  •        18日(金) 19:30
  •        19日(土) 15:00 / 19:30
  •        20日(日) 15:00
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  • 受付開始は開演の60分前。開場は開演の30分前。
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  • ■会場
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  • KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
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  • ■チケット 【全席自由席・整理番号付き・税込価格】
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  • 一般 前売: 3,500円、当日: 3,800円
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  • ■U24チケット(24歳以下)
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  •    前売: 3,000円、 当日:3,300円(入場時要証明書)
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  • ※ 24歳以下チケットをご予約・ご購入の方は、当日受付にて学生証をご提示ください。
  • ※ 演出の都合により、開演後の途中入場を制限させていただく場合がございます。
  • ※ 3歳未満入場不可/3歳以上でお席を必要とする方は24歳以下チケットをお求めください。
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  • ■チケット取り扱い
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  • チケットかながわhttp://www.kaat.jp/ ほか
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  • ■お問合わせ:Information
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  • Co.山田うん Co.Yamada Un
  •        tel 080-9640-5361
  •        office.coyamadaun@dummygmail.com
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  • 主催:    一般社団法人Co.山田うん
  • 提携:    KAAT神奈川芸術劇場
  • 助成:    芸術文化振興基金
  •        アーツコミッション・ヨコハマ 公益財団法人横浜市芸術文化振興財団
  • 後援:    横浜アーツフェスティバル実行委員会
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  • Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2015パートナー事業
  • 山田うん 公式HP http://yamadaun.jp/
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