酒井はなインタビュー ~踊り心を大切に、クリエイティヴな仕事に挑戦し、豊かな舞踊家になりたい

 日本を代表するバレリーナとして活躍し、数多くの賞に輝いてきた酒井はなさん。近年は国内外の気鋭振付家との協同作業を重ね、ダンスの新しい可能性を体現するダンサーとしてますます注目されています。酒井さんに今まで踊ってきた創作作品やコンテンポラリーダンスについて、現在の関心そして2015年11月~12月にかけて愛知、東京、熊本で行われる出演舞台「ストラヴィンスキー・トリプル・ビル」への抱負を伺いました。

取材・文:高橋森彦(舞踊評論家)

酒井はな Hana Sakai Photo:MIKI SATO

――新国立劇場バレエ団創設(1997年)からプリマバレリーナとして踊られていますが、いわゆるコンテンポラリーダンスとの出会いはいつでしたか?

 金森穣さんの『String(s) piece』(2002年)で、それまでとは違う動きを体験しました。それ以前にも石井潤先生の『梵鐘の聲~平家物語より~』(1998年)で仏御前を、望月則彦先生の『舞姫』(2000年)でエリスを踊らせていただき、ステップにクラシカルではないものも入っており、私にとって大きな変化となりました。しかし、その経験以上に穣さんのテイストは驚きでした。ステップはクラシックがベースですが、何か違って不思議ですし、役柄もなく身体で勝負する。創り方も振りをバラバラに振り付けて毎日変えていきました。
 その後、ナチョ・ドゥアトさんの作品なども踊りましたが、普段バレエを踊る時よりも身体をねじったり、上体も脚もラインももっと使ったりしないといけません。今の新国立劇場バレエ団のダンサーは何でもこなせますが、私たちの頃は初めてのことばかりでした。

――石井潤さんのお名前が出ましたが昨年亡くなられました。酒井さんが芸術選奨文部科学大臣賞を受けたのは石井作品『カルメン』(2006年)の演技によってでした。

 潤先生とゼロから創りあげ初日を飾らせていただいた特別な作品です。役柄に入るために本を読んだりして私なりに工夫しました。潤先生は「奔放で本能のままに生きた人だけど葛藤もあった」というカルメン像を思い描き、女性の弱さを見せたかったのですが、「各々が思うカルメンでいいから」ともおっしゃってくださいました。私は「純粋であるがゆえに起こった事件」という風にもっていき、それを凄く評価してくださいました。芸術選奨をいただいた再演(2008年)では年齢も重ねて役柄を掘り下げて表現できたと思います。

2014年『3月のトリオ』
振付:altneu アルトノイ 会場:NHKホール
[NHKバレエの饗宴] Photo:Hidemi SETO

――新国立劇場バレエ団ではドミニク・ウォルシュさんの『オルフェオとエウリディーチェ』(2007年)、キミホ・ハルバートさんの『Almond Blossoms』(2011年)も印象的でした。

 ドミニクとの出会いも大きいですね。マクミランの『マノン』で一緒に踊った縁もあってファミリーみたいです。私がこれはどうかな?と思うものを採用してくれる。アメリカにも4回行って彼のカンパニーで『カミーユ・クローデル』(2012年)を踊ったり、小さな映像作品も創ったりしました。
 キミホちゃんは愛らしいですよね。女性の柔らかさだったり優しさみたいなものだったり…少女的なロマンティシズム、夢を見ているような表現は、きっと彼女の内面なのだと思います。

2008年『ひかり、肖像』
振付:森優貴 会場:東急文化村セルリアンタワー能楽堂
[伝統と創造シリーズ vol.1] Photo:Toshi HIRAKAWA

――外部への客演という形でも挑戦をされてきました。

 スタジオアーキタンツとの出会いが大きかったです。リン・チャールズさんの振付で西島数博さんと踊った『内|外 uchi|soto』(2004年)が最初でした。トゥシューズを履いていましたし、バレエがベースでしたが、振付は大変でした。夫婦の話だったり痴話喧嘩だったりするチャーミングなパ・ド・ドゥで楽しかったです。
 伝統と創造シリーズvol.1として上演された森優貴くんの『ひかり、肖像』(2008年)では、ドイツの森くんの所へ行き合宿しました。森くんのクリエイションは細かいです。コンセプトをしっかり持っていて音楽に忠実にいたい人で、それは私にとっても心地よいことです。彼は乙女心が分かるというか叙情的に女性をみせるのが上手いと思います。女性らしさとか細やかな表現が上手。津村禮次郎さん(能楽師シテ方観世流、重要無形文化財保持者)ともこの時に出会いました。
 劇団四季のミュージカル『コンタクト』(2007年)では、プロデューサーの方に勧められオーディションを受け、イエロードレスの女を踊らせていただきました。台詞もありましたが、シアターダンスを学んだことがなかったのでダンスとしても大きな挑戦でした。

2014年『3月のトリオ』
振付:altneu アルトノイ 会場:スタジオ アーキタンツ
[アーキタンツ スタジオ パフォーマンス シリーズ vol.4] Photo:momoko japan

――公私のパートナー島地保武さんは金森穣さん率いるNoismを経てウィリアム・フォーサイスのフォーサイス・カンパニーで踊ってこられました。お二人はユニット「アルトノイ」を結成し活動されていますが、島地さんとの出会いも大きいですよね。

 出会う前から彼の踊りを素晴らしいと思っていました。身長もありますし透明感があって「自分、自分、自分」っていう感じのしない珍しい人。こういう日本人がいるんだなと。初めて一緒に踊ったのは『PSYCHE』(2009年)です。これまで一緒に仕事をした振付家にはコンセプトがあったり、こういう音楽を使いたいという事があったりしますが、島地くんはそういうところから始まりません。私からアイデアを発し「その時」を創っていく作業が辛くもあり、楽しくもあり…。試行錯誤して創っていかなければならない。カルチャーショックでした。
 フォーサイスさんのクリエイションを見せていただいたのは大きかったです。ダンサーたちが何もない空間において各々自分で状況を創っていく。そこに個性や生き方が出てくる。何を選ぶかという即興力。大いなる引き出し。人として豊かさを感じました。

――コンテンポラリーダンスを踊る醍醐味とは?

 世代的に「クラシック・バレエしかしてはいけない」「コンテンポラリーを踊ると身体が変わる」という風潮がなくもありませんでした。しかし、私の性格もありますし、師匠の畑佐俊明先生がモダンダンスも踊っていらっしゃったので、踊りはみんな一緒じゃないかと。バレリーナだからコンテンポラリーを踊って身体が駄目になるなんて絶対にないと思っていました。
 私は筋肉が強いので肉体的な面でも向いているんです。開発していくことが凄く楽しい。色々な踊りに挑戦し引き出しが増えると古典に戻った時に様々な表現ができる。もちろんベースは古典なので踊れる限り踊るつもりですが、色々な振付家に出会うということは、人間の宇宙のなかでの未知の細胞との出会いであり、計り知れない喜びです。

2011年『ラフマニノフ・ピアノコンチェルト第3番』
振付:ウヴェ・ショルツ 会場:メルパルクホール(東京)
[ARCHITANZ 2011 ] Photo:Yoichi TSUKADA

――昨年(2014年)はコンテンポラリーだけでなく古典全幕『白鳥の湖』『アンナ・カレーニナ』も踊り好評を博しニムラ舞踊賞を受賞されました。両方を踊り分ける原動力は?

 クラシック・バレエは軸であり拠り所、戻る所。基本があるから、たくさんはみ出ることができる。バレエのお稽古をして古典をやることも重要ですし、色々な方とクリエイティヴなお仕事をしていくことも大切です。でも身体面では違うので大変です。コンテンポラリーの場合、どのように身体を使うと正しいのかを考える。年齢を増すほど知識は増えるので「これはこうなのではないか」と落ち着いて考えられる。でも若い頃のようにがむしゃらに古典を踊り続けるのはだんだん難しくなってくるし身体は老いてくる。そこを上手にコントロールし豊かな舞踊家になっていくというのが技術だと思うし大事です。

――今では日本人も小さなころからコンテンポラリーを踊っていますし、技術・スタイルも向上しています。若いダンサーに接する際に感じられることをお話しください。

 そうですね。仰るとおり素晴らしい技術を備え、器用に身体を使いこなしているダンサーが増えていることは、とても喜ばしいことだと思います。その中で、技術に傾倒するがゆえに、時折、精神や心を伴っていないと感じる事があります。技術を学ぶのも大事ですが精神性や豊かさを培った日本人の繊細さを持ち合わせたダンサーを見たいと思います。「踊るのが好き!」という踊り心とか、舞台にいる幸せ感とか、そういうものを失わずに稽古してほしい。ダンサーが一番持っているべき心だと思います。

2014年『マノン』
振付:ケネス・マクミラン 会場:新国立劇場 中劇場
[ARCHITANZ 2014 2月公演] Photo:Hidemi SETO

――「ストラヴィンスキー・トリプル・ビル」のお話を伺います。2作に出演されますが、まずシュツットガルト・バレエ団の常任振付家で世界的に活躍するマルコ・ゲッケさんの『火の鳥のパ・ド・ドウ』を「ARCHITANZ 2014」に続いて踊られます。

 マルコさんは振付に関してこと細かい。脚先もそうですが上半身も大変です。頭の角度や手の位置が、どこを通ってどうなっているのか…。一つ間違えたら大事件になるので、目を瞑っていても何が起きても身体が動くようになっていないといけません。位置取りや二人のかけあいがマッチしていて素晴らしいですが大変です。今回はアレクサンダー・ザイツェフさんと踊るのですが、前回のロバート・テューズリーさんの時とは違った反応が起こるのではないかと思います。精密さが作品の醍醐味なので、よりクリアにお見せできれば。マルコさんの『火の鳥』はシンプルさと現代性とセンスのよさが好きですね。

2014年『火の鳥のパ・ド・ドゥ』
振付:マルコ・ゲッケ 会場:新国立劇場 中劇場
[ARCHITANZ 2014 2月公演] Photo:Hidemi SETO

――ユーリ・ンさんの『悪魔の物語』(「兵士の物語」より)は 2004年に愛知県芸術劇場にてダンスオペラとして製作された舞台のリ・クリエイションとなり、今回は初めて3会場で上演されます。約10年前の作品ですからキャストもすべて一新されるほか、今という時代に合わせて、内容や解釈も変化しています。小㞍健太さん、津村禮次郎さん、ジョヴァンニ・ディ・パルマさんと共演します。

 ユーリさんとは初顔合わせですが、3年前に一度、スタジオでクリエイションの実験、お試しのようなことをしました。彼は、ダンサーの個性を引き出してくれます。こういう音で、こういう振りで、というのではなくて模索するのです。「この人はこういう人」というのをよく見ていて、「この人にはこういう動きがいいのかな」というのをアナライズします。
 津村さん、健太くんとはお互い何度も本番を踏んでいる旧知の仲です。『トキ』(2011年)では私が朱鷺の精霊だったといった役柄があったのですが、今回は男も女もなくフラットに一人の人として存在しています。旧知のファミリーですが、今回は違ったものになりそうです。意外性があるというか期待を良く裏切るみたいな感じになればいいなと。
 ジョヴァンニさんは、ウヴェ・ショルツ振付「ラフマニノフ・ピアノコンチェルト第3番」を踊った時に、私の中にある新たな面を引き出してくださいました。今回は今までの振付指導者とダンサーとしてではなく、同じ舞台を、本番を共有するのがとても楽しみです。

2014年『モペイ』
振付:マルコ・ゲッケ 会場:新国立劇場 小劇場
[ARCHITANZ 2014 3月公演] Photo:Hidemi SETO

――ストラヴィンスキーの音楽で何度も踊られてきましたが、その魅力とは?

 凄く現代性を感じます。変拍子のからくりや不協和音に対して、そう感じます。『火の鳥』を佐々保樹先生の演出・振付でも踊っていますが、奏でられている音楽は同じなのに全く別のように感じる所もあります。背景も違うので新たなものと思って今回取り組んでいます。ユーリさんの『悪魔の物語』の時代は今に置き換えられているし、プリンセスという役柄だけでなく兵士や悪魔も演じます。私の中にある女性性とか男性性とか色々なものが色々な角度から見えたらいいなと思います。

【公演情報】

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  • 「ストラヴィンスキー・トリプル・ビル」

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  • 「火の鳥のパ・ド・ドゥ」
  • 振付:   マルコ・ゲッケ
  • 出演:   アレクサンダー・ザイツェフ、酒井はな
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  • 「悪魔の物語」(「兵士の物語」より)
  • 演出/振付: ユーリ・ン、振付:江上悠
  • 出演:    小㞍健太、酒井はな、津村禮次郎、ジョヴァンニ・ディ・パルマ
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  • 「春の祭典」
  • 振付:   ウヴェ・ショルツ
  • 出演:   アレクサンダー・ザイツェフ(11月28日15時、29日15時、12月8日、
  •       12日)、高比良洋(11月28日19時、12月9日)【ダブル・キャスト】
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  • 愛知公演(愛知県芸術劇場小ホール)
  • 11月28日(土)15時/19時、29日(日)15時
  • お問合せ :愛知県芸術劇場
  • TEL  :052-971-5609
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  • 東京公演(草月ホール)
  • 12月8(火)19時、9日(水)19時
  • お問合せ :スタジオ アーキタンツ
  • TEL  :03-5730-2732
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  • 熊本公演(熊本市民会館崇城大学ホール)
  • 12月12日(土)19時
  • お問合せ :熊本市文化事業協会
  • TEL  :096-355-5235
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  • 公式ウェブサイト: http://stravinsky3.com/