松岡伶子バレエ団公演『コッペリア』~牧歌的な舞踊劇の妙味を堪能できる篠原聖一の精妙な演出・振付

文:高橋森彦(舞踊評論家)

 バレエ『コッペリア』はアルテュール・サン・レオンがE.T.A.ホフマンの小説「砂男」に想を得て振り付けた喜劇で1870年、パリ・オペラ座で初演された。レオ・ドリーブの甘美な音楽もあいまって珠玉の名作として名高い。本邦初演は1947年、小牧バレエ団。牧阿佐美バレヱ団のダニロワ版も人気があったという。スターダンサーズ・バレエ団によるライト版は再演を続けているし、近年ではKバレエカンパニーが熊川哲也版を、新国立劇場バレエ団がプティ版を披露している。ここでは『ロミオとジュリエット』『カルメン』など独自の創作を手掛けると共に古典の改訂にも定評ある実力者・篠原聖一が名古屋の松岡伶子バレエ団に振り付けた版を取り上げたい。

撮影:みゆき写真室 むらはし和明

 篠原の古典改訂といえば『ジゼル』が良く知られるかと思う。日本バレエ協会や自身のリサイタルの他各地の団体でも取り上げられている。公私のパートナー下村由理恵の名演の印象が強いが、アルブレヒト、ヒラリオンという男性の性格描写に深みがあり、伝統的でありながら篠原の色を感じさせる演出だ。『コッペリア』に関しては以前京都で上演したというけれども大規模なカンパニーでの上演は初めて。しかし充実した出来ばえだった。

撮影:みゆき写真室 むらはし和明

 全3幕を通して重視されているのがマイムと芝居である。ロマンティック・バレエ期の作品であり、台本・音楽と分かち難く結び付いているという基本を踏まえて、大仰ではない自然な演技が光った。第1幕、スワニルダ(早矢仕友香)とフランツ(碓氷悠太)のさや当て、第2幕のコッペリウス(中弥智博)とフランツの虚々実々の駆け引き、人形に化けたスワニルダとコッペリウスのやり取り等が、マイムのポイントを抑えつつ淀みなく進行していく。牧歌的な舞踊劇の古き良き味わいを生かしながら精妙に仕上げられており絶品であった。

撮影:みゆき写真室 むらはし和明

 その妙味を深めたのが稲垣宏樹指揮による中部フィルハーモニー交響楽団による管弦楽である。稲垣は名古屋や関西のバレエ公演で指揮を手がけているが、バレエに寄り添いつつ音楽的にしっかりと聴かせる棒さばきは知る人ぞ知るところ。ダンサーの踊りの呼吸や間、振付家の意図を汲みながら音楽が求心力を持って舞台をリードしていく。稲垣はバレエ音楽に造詣が深く編曲も手がけることのできる指揮者として貴重な存在である。

撮影:みゆき写真室 むらはし和明

 篠原版最大の特徴は第3幕のエンディング。スワニルダとフランツの結婚式が終わり大団円を迎えるが、最後の最後にチェレスタが奏でるスワニルダのテーマ(第1幕、登場の際に踊るヴァリエーションの曲)にのせてコッペリウスがスワニルダと幻想の中で踊って幕となる。まるでオルゴールの響きを聴いているような甘美な響きに陶然とさせられた。ロマンティックで篠原の美学が息づく名場面であり、優しさと慈悲にあふれ心安らいだ。

撮影:みゆき写真室 むらはし和明

 ダンサーの水準も高かった。早矢仕は強靭なテクニックの持ち主であり、絶対的な安心感があるので、お芝居にも余裕が感じられる(ように見える)。人形振りも様になっていた。美丈夫で偉丈夫、理想的な王子である碓氷は、ここでは三枚目的な雰囲気を嫌みなく醸し出した。中弥のコッペリウスは彼がまだ若いということもあるが、よく動き芝居が達者。第2幕のフランツとの駆け引きは実にノリが良い。第3幕のディヴェルティスマンも充実。特に市橋万樹らによる戦いの踊りは、ダイナミックかつ引き締まり、高揚感を感じさせた。

撮影:みゆき写真室 むらはし和明

 男性主要キャストは自前で(ゲストも名古屋の精鋭たち)、女性も一部高校生が入っていたようだが、きちんと踊れるダンサーが揃う。「寄せ集め」ではない一体感と層の厚さに2015年現在で創立63年を誇る名門の実力が反映されている。地元で団員・教師として活動する人あり、海外に出る人あり、東京に出る人あり、芸能界に進む人ありと多彩であるが、常に若い世代の台頭もあってバレエ団公演は活気にあふれる。地域に根付き地道に活動しクラシック・バレエの魅力を広く伝えるカンパニーの底力を示す好舞台だった。
(2015年11月22日 愛知県芸術劇場)