江口隆哉・伊福部昭による最高傑作『プロメテの火』“再炎” ~金井芙三枝(芸術監督・演出)が語る伝説の名作全幕復元への道程

 わが国における現代舞踊の先駆者・江口隆哉(1900~1977年、青森県出身)が1950年に帝国劇場で初演した『プロメテの火』はギリシャ神話に想を得た長編舞踊作品です。音楽を手がけたのは映画「ゴジラ」のテーマ曲等で知られる日本を代表する作曲家・伊福部昭(1914~2006年)。評判を呼んで全国各地で再演を重ねましたが長い間上演が途絶え幻の作品となっていました。その伝説的名作が江口の門下生らの尽力によって全幕復元され、2016年5月28、29日の2日間上演されます。江口の高弟であり、プロメテの火実行委員会代表で芸術監督・演出を務める金井芙三枝さんに復元のいきさつや公演への抱負をお伺いしました。

取材・文:高橋森彦(舞踊評論家)

金井芙三枝 Fumie Kanai

 『プロメテの火』の舞台はギリシャ神話の時代。プロメテは火を持たない人間を憐れみ、大神ジュピターに人間に火をあたえるように進言するが断られる。人間の力が強大化することを怖れたからだ。そこでプロメテは火を盗み人間に与える。人間は歓喜するが、プロメテは捕えられてしまう…。第1景「火なき暗黒」「アイオの踊り」、第2景「火を盗むもの」、第3景「火の歓喜」、第4景「コーカサスの山巓(さんてん)」の全4景からなり、プロローグが付く堂々たる大作である。初演の翌年1951年の芸術祭参加公演(日比谷公会堂)に対して芸術祭奨励賞を受けた。初演から66年が経ち、まさに待望の全幕復元上演となる。

金井 江口先生が「舞踊創作法」(1961年 カワイ出版)の中で『プロメテの火』と『日本の太鼓』(1951年)の創作過程を著しており後に遺したい気持ちがあると受け取りました。伝統芸能の鹿踊(ししおどり)を扱った『日本の太鼓』は太鼓もササラもあるし衣裳も音楽も遺っているので、江口先生の三回忌の追悼公演(1979年)や宮操子(1907~2009年、江口のパートナー、岩手県出身)先生の三回忌の「江口・宮アーカイヴ」(2011年)、新国立劇場主催「ダンス・アーカイヴ in JAPAN ─未来への扉─ a Door to the Future」(2014年)でも上演できました。それに比べ『プロメテの火』は大きな装置が必要で出演人数も多くお金がかかる、そして音楽もなかったので今まで上演できなかったんです。それでも2009年の「江口・宮アーカイヴ」で第3景「火の歓喜」の群舞を復元できました。そのときは山田令子&パトリック・ゴードンによる2台のピアノによる演奏(CD)での上演でした。
 『プロメテの火』自体は初演から1960年9月まで約10年間で100回近くは上演していましたが、思い出しやすかったのは自分たちが踊った第3景。「思い出し」は9回やり、足りない部分を創って仕上げ、踊りこみました。当時新人だった中森律子さんがメモ・スケッチをとっており、第3景の構成を記録していたので助かりました。自信を持って創ることができました。

江口隆哉

 映像記録がなくオーケストラの譜面も行方が分からなかった幻の名作。2001年に日本女子体育大学の坂本秀子研究室から1950年上田仁による東宝交響楽団(現・東京交響楽団)の練習時に録音したオーケストラ演奏がオープンリールで発見された。使用に耐えられる状態ではなかったが、振りの「思い出し」として役立った。そして2009年の宮の没後に江口・宮の研究を手がける桑原和美(就実大学教授)が遺品の中からオーケストラスコアを発見する。原譜であると確認が取れ、2012年には東京交響楽団に演奏を打診し、2013年6月1日、広上淳一指揮による演奏会が行われた。ここから全幕復元上演への動きが一挙に高まる。

金井 そのとき、桑原さんが働きかけて舞踊作品上演用の録音を制作していただきました。復元済の第3景だけは、2009年のときと同じテンポで演奏してもらわないと困るので踊り手がスタジオに乗りこみました(笑)。これで後に引けなくなり絶対に全幕上演をやらなきゃいけなくなりました。一般社団法人現代舞踊協会との共催になり理事の先生方も応援してくださるので感謝しています。
 復元にあたっては舞踊譜も映像も残っていないので昔の出演者を集めて「思い出し」をしました。全幕上演に向けての「思い出し」は2012年の9月26日から11月11日にかけて6回行いました。門下生に呼びかけると18人の生き残りが集まり、皆で思い出した断片を松本直子が撮影し、DVDに記録しました。「思い出し」のとき、18人の中で中田杏と内田和子がいちばん振りを覚えていたので、今回演出助手になってもらいました。どうしても分からない部分は江口先生が稽古でよく行っていた動きを思い出しながら創っています。

『プロメテの火』第二景「火を盗むもの」プロメテを踊る江口隆哉

 美術・衣裳は写真で遺っているものを基に江口の下に出入りしていた江頭良年が手がける。

金井 第4景「コーカサスの山巓」では切り立った山が高くなければいけませんし各景ごとに装置がどんどん変わっていきます。場面転換するための間奏曲が4回あって繰り返せるようになっています。聴かせなきゃいけないから伊福部先生が渾身の力を込めて書かれましたが、当時の観客はそういうことに慣れていなかったので、評論家の江口博先生が「心ない観客の雑音で、短い幕間も切れ目なく流れる伊福部昭の曲をスポイルされたのは嘆かわしい(1951年11月18日 東京新聞)」と書かれていました(笑)。

『プロメテの火』第一景 人間群と牛にされたアイオ

 復元上演に際して、ある意味一番ネックになっていたことがある。それは…

金井 なぜ『プロメテの火』の上演が1960年以降途絶えたのかというと火のためです。消防法が厳しくなり舞台上で本火が使えなくなったからです。最後の上演のときは変なショボショボとした小道具でやりました。江口先生は楽屋に戻ってきて「もうできないな…」とおっしゃって肩を落とし、頭をかかえていました。泣いていたのかもしれません。地方でも売れている作品でしたが上演は止めました。火は作品のテーマを打ち出す一番のポイントです。今回は江頭さんが特殊効果を研究して一生懸命工夫し本火っぽくやってくれる。劇場で火が使えないのならば野外でやろうとか、装置が大変だからグラウンドでやるとか考えたりもしました。青森県の三内丸山遺跡でやろうかという案もありました。火を使いたくてどこかを探すか、火をあきらめてきちんとした劇場で踊りを残すかのどちらかとなり、舞台機構の充実した新国立劇場中劇場で上演することになりました。

『プロメテの火』第四景「コーカサスの山巓(さんてん)」

 江口が踊ったプロメテ役を東京バレエ団のトップ・ダンサーとして国内外で活躍した後(現在、特別団員)、現在はシディ・ラルビ・シェルカウイら世界的振付家との協同作業にも意欲的な首藤康之が踊る。宮の踊ったアイオ役は名門ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)において巨匠イリ・キリアンの下で学び、帰国後振付家としても旺盛に活動する中村恩恵に委ねられた。

金井 中村さんには新国立劇場主催「ダンス・アーカイヴ in JAPAN ─未来への扉─ a Door to the Future」(2014年)で宮先生の『タンゴ』を踊っていただきました。恩恵さんは宮先生と体つきが似ています。脚が長くモダンな感じで表現力もあり美しい。『タンゴ』も大好評でしたので宮先生の役は恩恵さんに決まりました。プロメテ役に関しては江口先生が火を掲げる姿は写真でもよく知られていて先生のイメージが強い。色々な舞台を見ては探しました。プロメテは神様でもあるし人間を憐れむナイーブな心もある。くっきりとした顔つきでシャープにやるところもあれば憂いもあるというような多面性があります。その葛藤を表わせる表現者として首藤さんにお願いしました。江口先生とイメージは少し違うかもしれませんが表現が強く出せるダンサーです。役に乗り移る表現力に期待しています。

『タンゴ』を踊る宮操子

 リハーサルは2015年12月20日から始まりプロローグから順番に進めている。

金井 12月20日に初めてプロローグの出演者が集まりました。一緒にお稽古をしたことのない方ばかりなのに1回目の稽古で凄く雰囲気が合う。さすが江口・宮系と思いました。金井(現・坂本秀子舞踊団)や、西田堯、市毛令子、池田瑞臣、正田千鶴、真船さち子、井上恵美子(芙二三枝子)、中條富美子、波場千恵子、平多実千子(平多正於)、谷乃梨絵といった江口・宮門下の先生方のお弟子さんたちが高いレベルでぴったりと合いました。「舞踊のDNA」を感じました。昔の作品は重いんです。「うんと重みのある動きじゃないと、この作品は駄目なのよ!」と要求しました。ファッと軽く動くのではなくて「何か抵抗を付けていくような踊り方をしてください」と言うと、すぐにそれができたのでびっくりしました。

『プロメテの火』リハーサル風景

 若いダンサーに先人の築いてきた財産が受け継がれる場でもある。後進への思いとは。

金井 今のダンサーは自分だけの世界に入りこんで表現すれば良いという閉じこもったものが多い。テーマにしてもそうです。何か外側のものを通して自己を表現する昔のやり方は少ない。江口先生は戦時下に抑圧されたストレスのようなものを跳ね返したい気持ちをプロメテに託している。日本人って何かに託すんですよ。俳句でもそうじゃないですか?自分の気持ちをそのまま嬉しいとか悲しいとか出さないで何かに託す。それが今は違う。自分が自分がと考えているだけです。それでは芸術は萎縮してしまいます。表現の豊かさを学ぶためにも昔にちょっと帰ってもいいと思っています。

『プロメテの火』リハーサル風景

 最後に公演に向けての抱負をお話しいただいた。

金井 伊福部先生の音楽と踊りがマッチしています。伊福部さんご自身音楽としては『日本の太鼓』の方がいい、『プロメテの火』は踊りがついていないと音楽だけでは聴かせられない、とおっしゃっていましたし私もそう思っていました。しかし、東京交響楽団の演奏を聴くと『プロメテの火』も音楽だけで面白い。伊福部節が初々しいのです。伊福部さんの没後10年祭と重なっているのもタイミングがいいですね。今やることにメッセージ性があると色々な意味で思います。
 普段の稽古のときの江口先生の口癖は「オーチク!」(東北弁で「大きく!」の意)。力は身体の中心から外側へ、稽古場の壁なんか突き破って!というような感じでしょうか。今回復元する『プロメテの火』も「オーチク!」ありたいと思っています。

プロメテの火が出来るまで~金井芙三枝~

【公演情報】

江口・宮アーカイヴ「プロメテの火」
第1部
「春を踏む」坂本秀子
「スカラ座のまり使い」木原浩太
「タンゴ」中村恩恵
ピアノ演奏:河内春香

第2部
「プロメテの火」
プロローグ
第一景:「火なき暗黒」「アイオの踊り」
第二景:「火を盗むもの」
第三景:「火の歓喜」
第四景:「コーカサスの山巓(さんてん)」

日本を代表する舞踊家・江口隆哉が、絶望に満ちた戦後の混乱期に希望を見出そうと苦悩していた頃に出会ったギリシャ神話「プロメテウス」に衝撃を受け、ともに同時代を生きた作曲家・伊福部昭の作曲により人生を賭して創作した日本が誇る舞踊作品の最高傑作。大群舞による躍動と迫力で表現する第三景「火の歓喜」は必見!幻といわれた伊福部の自筆スコア譜の発見により、舞踊作品用に録音された特別バージョンでの上演。

原作 菊岡久利、構成・振付 江口隆哉・宮 操子、音楽 伊福部 昭
演奏 東京交響楽団、指揮 広上淳一
照明 井上正美、照明操作 エクサート松崎、音響 河田康雄、舞台監督 柴崎 大
芸術監督・演出 金井芙三枝
出演:首藤康之・中村恩恵・市伊 孝・松永雅彦・清水フミヒト他
日時:2016年5月28日(土)18時開演、29日(日)15時開演
会場:新国立劇場中劇場
料金:S席6000円、A席5000円、B席4000円
入場券取り扱い:カンフェティ(フリーダイヤル0120-240-540(10:00-18:00))
       チケットぴあ(0570-02-9999(Pコード:447-993))
お問い合わせ:一般社団法人現代舞踊協会(03-5457-7731)、プロメテの火公演事務局(080-1049-2025:蔭山)
主催:プロメテの火公演実行委員会、一般社団法人現代舞踊協会
一般社団法人現代舞踊協会公式ホームページ:http://www.gendaibuyou.or.jp/
公式ホームページ:http://プロメテの火.jp