緑間玲貴・前田奈美甫「トコイリヤ RYOKI to AI vol.3」~沖縄が生んだ新世代の異能が創造する“祈り”の舞踊宇宙


文:高橋森彦(舞踊評論家)

 沖縄のバレエ・アーティスト緑間玲貴の創る舞台からは「祈り」と「希望」を痛切に感じる。2015年5月、東京の座・高円寺2で行われた「トコイリヤ RYOKI to AI vol.1」に接し清冽な印象を受けた。琉球舞踊家や現代音楽家と心を合わせて紡ぐ舞踊宇宙は独自の光彩を放つ。さる2016年6月25、26日、沖縄県南城市で行った3回目の単独公演を観た(主催:琉球放送株式会社、共催:緑間玲貴バレエオフィス)。
 会場は数十万年前までは鍾乳洞だった場所が崩れてできたという「ガンガラーの谷」と名付けられた森の入口の天然鍾乳洞だ(2016年1月の2回目の公演も同所で実施)。洞窟に劇場を設営し、観客は谷底の異世界へといざなわれる。洞窟内に入ると、時おり水滴がポツリ、ポツリと落ちてきた。鍾乳洞の上の地層に溜まった水が鍾乳石の隙間を伝ってくる。

前田奈美甫・緑間玲貴『ラ・シルフィード』より 森の景 撮影:仲程長治

 二部構成の前半の幕開けは緑間と公私のパートナー前田奈美甫によるロマンティック・バレエ『ラ・シルフィード』第2幕より森の景で、シルフと彼女に魅入られた若者のパ・ド・ドゥが幻想的に繰り広げられる。19世紀に創られたスコットランドの農村を舞台とする名作が、時空を超え21世紀の沖縄の亜熱帯の森の谷底で新たな生命を得た。
 ここで一息入る。役者の犬養憲子(演劇きかく「満福中枢」)と琉球舞踊の平敷勇也が姉弟による掛け合い漫才のように客席を沸かせながら公演について紹介した。公演名の「トコイリヤ」とは、緑間の「やりたいこと」から「ためらい」の「た」を抜いて逆にしたものであり、アナグラムにより配列を変えると「RYOKI to AI」となる仕掛けだ。

犬養憲子・平敷勇也 撮影:仲程長治

 川満睦の清らかなピアノソロに続いて披露されたのは柳元美香の『舞道 観音舞』だった。赤のロングドレスを身につけ、重心が低くありながら腕を大きく用い、たゆたう。「自然に根差した日本古来の心を、一本の揺るぎない基軸として舞うことの原点を目指している」(プログラムより)という柳元の踊りは緑間とも相通じるところがあるのだろう。

柳元美香『舞道 観音舞』 撮影:仲程長治

 自作『samsara』を踊った上杉真由は大阪を拠点に活動し「トコイリヤ」には初回から出演。坐禅に始まり、ヴィヴァルディの「ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調」よりプレストにのせて肢を大きく用い、髪を振り乱しながら踊る。そして再び座禅を組み終わった。静から動、動から静へ――。輪廻転生の世界すなわち何万年と繰り返され、これからも繰り返されていく、生きとし生けるものの絶えることのない営為が入魂の作舞から立ち上がる。

上杉真由『samsara』 撮影:仲程長治

 ここで犬養がチュチュ姿で現れた。「次はバレリーナとして舞台に立ちたい!」と笑いを誘いつつ休憩はさんでの後半の曲目を紹介する。東京での公演でも堅苦しくならないようにと曲の合間に登場して客席を盛り上げたが、このたびは前半で「お役御免」。そのことを本人も自嘲しつつ、しっかりと「トコイリヤ」の世界へ引きこんでくれた。

緑間玲貴「Aurore(オロール)」 撮影:仲程長治

 後半は緑間の独自の世界が色濃く展開される。特に冒頭の『Lumières de l'Est ルミエール・ドゥ・レスト~東方からの光~』は2012年に天河大辨財天社(奈良県)に奉納されたのち東京を含む各地で再演を重ね、いまや堂々たるレパートリーへと成長した。
 「序曲」はラフマニノフの「ここは素晴らしい場所」。続いてフランス語で「暁」を意味する「Aurore(オロール)」へ移る。バッハのカンタータ147番「心と口と行いと生活で」が荘厳に響くなか、谷の上から光を帯びた緑間が現れた。空を見やり、手を掲げ、ゆったりと歩む姿は神々しい。そこへ琉装の男(平敷)と女(前田)が登場する。光の誕生、人類の創生を静謐な舞でスケール大きく表わして秀逸だ。

前田奈美甫「百十踏揚(ももとふみあがり)」 撮影:仲程長治

 「百十踏揚(ももとふみあがり)」では前田が「神人」であった琉球王朝の皇女を踊った。赤い内掛をまとい、「からじ結い」の独特な髪型もなじんだ前田は、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」よりアリアが流れるなか、繊細なポアントワーク、淀みなく流れる所作を通して高貴さと、その裏に潜むような陰のある表情を醸す。大阪に生まれ育ちロシアの名門ワガノワ・バレエ・アカデミーでイリーナ・シトニコワ、アリサ・ストローガヤ、アルティナイ・アスィルムラートワという名教師に師事し首席卒業するという華麗な経歴を誇るバレリーナが、緑間と結ばれ沖縄へと渡り、彼が彼女のために創舞した踊りを凛として誇り高く舞う。それを沖縄で、しかも百十踏揚の墓所があるという南城市で観ることができ感慨深い。
 「祈る者(おとこ)」は平敷のソロ。百十踏揚とは違う一人の男性だが同じく「祈りびと」である。バッハのチェンバロ協奏曲 第5番 第2楽章 ラルゴとともに手を広げ精妙かつまろやかに舞う。広大無辺な宇宙と一体となって祈りに身を捧ぐ姿は清々しい。

緑間玲貴・平敷勇也『solo con te』 撮影:仲程長治

 続く「Solo con te」は緑間と平敷のデュエットだ。音楽はヘンデルの「主よ、汝に感謝す」。背中を向けた男2人が、一緒の動きをするがトーンは異なる。それでいて同じ空間に息づく。バレエ芸術と琉球舞踊を極めるべく研鑽を積む者同士が、互いのスタイルの違いを超え、精神の深い部分でつながっているようだ。やがて客席に背を向け奥へと静かに消えていく。

緑間玲貴・平敷勇也『solo con te』 撮影:仲程長治

 ハイライトとなる「Nella Fantasia(私の空想の中で)」「Dans La nuit(夜の音楽)」で前田は打掛を脱ぎ、緑間と踊る。心身ともに解放され「神」から「人」になり、一人の女性として現前する。最後、前田は去り、緑間は光の中へと戻っていく。ショパンの「別れの曲」が心に響いた。

緑間玲貴・前田奈美甫『Isuz U(いすず)』 撮影:仲程長治

 日本神話の「イザナミとイザナギ」に想を得た前田と緑間の神秘的なデュエット作品『I suz U(いすず)』(音楽:川満睦)を挟んで披露された『RE BORN「再生」~Boléro~』は初演である。おなじみラヴェルの名曲を通してバレエと観音舞の融合が図られ、柳元と井田美保子、東泉沙也夏、田中奈緒、梅田有希、矢向ひとみ、遠山奈津子が緑間と舞う。同じリズムを保ちつつ2種類のメロディーが反復される甘美で色鮮やかな音色にベジャールをはじめ世界中の振付家が挑んできたが緑間は気張らず取り組む。緑間の、腰を落とし手のひらを重ね、手を掲げるといった、ゆったりとした舞と観音舞の、礼拝したりする所作や火、水、空、地などの元素を表した作舞が次第に溶け合い「気」を発していく。じょじょに空気を、空間を満たしていくようなエネルギーの波動が確かに感じられた。

緑間玲貴『RE BORN「再生」~Boléro~』 撮影:仲程長治

 公演の少し前の6月23日は沖縄の慰霊の日だ。戦後71年の鎮魂の思いも込められているようだが、戦争や死者を描くのではなく、前向きなポジティヴな希望が踊り=祈りを通して伝わってくる。まだこの作品は生まれたばかり。『Lumières de l'Est ルミエール・ドゥ・レスト~東方からの光~』に続いて回を重ねて上演し各地でも取り上げてほしい。天上的で宇宙の限りない永遠性を感じさせる作品群を地の底の鍾乳洞で体感する――まことに稀有な神秘体験で、舞台を観た感動と興奮が増幅し、忘れ得ぬ一夜となった。

『RE BORN「再生」~Boléro~』 撮影:仲程長治

 緑間は幼少から学んできたバレエを基本に、洋の東西を越えた舞踊様式を自在に取り入れ、多士済々のアーティストと心を通わせて共演しながら独自の世界観を打ち出す。県外からの観客も少なくないとのことで、彼の世界に魅了される人が着実に増えている。これからも古典への敬意、沖縄への愛着を持ちながら豊かな創造の道を歩み続けるだろう。

(2016年6月26日 ガンガラーの谷 ケイブカフェ)
※なお舞台写真は洞窟の雰囲気を伝えるために一部リハーサルを撮影したものを使用した。