Ballet Factory

高橋森彦 バレエ&ダンス逍遥

創立60周年記念 松岡伶子バレエ団公演『あゝ野麦峠』『レ・シルフィード』
~日本バレエ史に残る創作バレエ珠玉の名作を11年ぶりに再演

「和もの」バレエは難しい――そう言われる。わが国の歴史上の事件や伝説に取材し、オーソドックスな技法を用い和装で彩ることは簡単だ。しかし、真に創意あるものに仕上げるのは容易ではない。例外的な成功作のひとつが松岡伶子バレエ団の『あゝ野麦峠』。1988年に初演され昨秋同バレエ団創立60周年を記念した公演にて7回目の再演を行った。

原作は山本茂実(1917~1998)が1968年に発表したノンフィクション。副題は「ある製糸工女哀史」である。戦前、飛騨の農家の若い娘たちは家計を支えるため峠を越え信州の製糸工場に働きに出た。厳しい労働環境で働く工女の姿を山本が緻密な取材に基づき描いている。刊行当時大ベストセラーになり、後年、映画化・テレビドラマ化された。

松岡伶子は50年くらい前から野麦峠を超え信州に出稼ぎにきた工女たちの物語をバレエ化する構想を温めていたそうだ。が、実現には時間がかかる。踊り手に着物を着せて踊らせることに抵抗があったという。四半世紀ほど前になってナイロン素材が発達し、レオタードをアレンジした衣裳が可能になったことにより作品のイメージが膨らんだらしい。

プロローグ。幕が開くと、そこは鹿鳴館。紳士淑女たちが舞曲にあわせ踊っている。文明開化に沸く華麗なる上流社会の象徴だ。そして、その背後のスロープに浮びあがるのは雪がしんしんと降るなか野麦峠を越えていく娘たちの行列……。

第一部の舞台は信州・岡谷の製糸工場。工女たちは馬車馬のごとく働き、それを検番が厳しく監視している。みね(伊藤優花)・ひで(早矢仕友香)姉妹も懸命に働くが、過酷な労働環境のため、みねは倒れる。その報を受け飛騨から姉妹の兄・辰次郎(森充生)が駆けつけ、みねを引き取るが、故郷への帰路さなか野麦峠で息絶える……。

第二部は年に一度の夏祭りから始まる。工女たちと男たちが踊り狂い歓喜の輪は絶頂に達する。そんななか、ひでは密かに恋い焦がれていた検番の山岡(碓氷悠太)を誘い、ふたりは愛を交わす。しかし、日露戦争が始まり、山岡にも召集令状が届く。死線を越えて戦う兵士たちと「お国のため」に外貨を稼ぐため酷使される工女たちの姿が入り乱れる。兵士たちは次々に倒れ、山岡は命果てる……。

エピローグは野麦峠。信州から飛騨へと変える工女たちの行列が続く。無情にも、ただひたすら雪が降るばかりである。

三樹健の台本を得た松岡は緻密な演出・振付によって奥深い舞台を生む。プロローグからして華族と貧富な工女たちとの違いが示され時代状況が鮮やかに浮かぶ。第二部の夏祭りの踊りの饗宴は見ごえたっぷりだが、それによって前後の哀しいエピソードが有無言わさず観るものの胸に差し迫る。劇的だ。そして「日本バレエ史に残る名場面」とも評されるのが、工女たちが糸をつむぐ情景。着物風に手直したタイツに身を包んだ50人が縦横に整然と座り軽快な音楽(藤掛廣幸)にのせて糸を巻く仕草を繰り返す。圧巻である。

振付はオーソドックスなバレエの技法が用いられるが緩急自在で飽きさせない。これは他の松岡作品についても言えるのだが、ある種天才的である。動きと音楽の一体化と時代背景を示しつつ踊りの映える衣裳の使用が成功の秘訣だろう。「和もの」だからといって小細工を弄することはないし、お手軽なコスプレとも一線を画する。

悲愴な物語であるが、お涙ちょうだいのメロドラマではない。「反戦」をことさら強調する意図もないと思う。名もなきまま生き、死んでいった若者たちへの鎮魂歌として受け止めたい。音楽は初演当時としては珍しいシンセサイザーによるもの。今となっては懐かしい雰囲気も漂うけれども、これが非常に効果的だと思う。パセティックに物語を盛り上げるのではなく、民話調の雰囲気を醸しだしている。悲壮感が和らぎ得もいわれぬ絶妙の余白が生まれる。登場人物たちの感情の機微が、ストンと腑に落ちる。古びない名作である。11年ぶりの再演であったが、できる限り間を置かず再演していってほしいと願う。

みね役の伊藤はプリマとしての風格を身に付けつつあるが、深川秀夫『ホフマン物語』、石井潤『カルミナ・ブラーナ』など創作での活躍も印象深い。今回も家族のため働きに出て懸命に働く工女姿を健気に演じていた。ひで役の早矢仕はテクニックの強い踊り手として知られるが、検番の山岡を誘う場面など演技にも進境をみせた。山岡役の碓氷は王子役がぴったりのノーブル・ダンサーなのだが素朴純情な青年を演じさせても上手い。自然な立ち居振る舞いに秀でている。辰次郎は森充生、検番は高宮直秀というベテランが好演。群舞も揃えるべきところは整然と揃えるとともに役柄を理解し舞台に息づいていた。

併演の『レ・シルフィード』も良い仕上がりだ。群舞の揃い様とスタイルの統一感が見事である。ジュニアの踊り手中心のはずだが徹底したリハーサルが行われているのだろう。そして、プリマの松本千明、詩人の中弥智博、プレリュードの大脇衣里子、ワルツの岡部舞というソリストも粒ぞろいだ(しかも前日は別キャスト)。世代交代期に入っているが、つねに一定以上の高い水準を保っている。松岡バレエの底力を再認識させる舞台であった。

(2012年11月25日愛知県芸術劇場 ) 撮影:むらはし和明

高橋森彦

舞踊専門紙誌、日刊紙、美術誌、芸術批評誌、公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿。 バレエ、コンテンポラリー・ダンスなどのほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。
公式ブログ「ダンスの海へ」
http://d.hatena.ne.jp/dance300

松岡伶子バレエ団公式ホームページ

http://www.rm-ballet.com/