Ballet Factory

高橋森彦 バレエ&ダンス逍遥

タバマ企画新作公演『リリバーシブル』
田畑真希新作ソロ公演『ワタシヲ サスラウ ウタ』
~マイナーポエットにして偉大なる舞踊詩人・田畑真希の真価を示した連続上演

マイナーポエットという言葉がある。耳目をひくような派手な作風ではないけれども優れた感性と磨き抜かれた文体を有し熱心な読者にこよなく愛される詩人を指す。 コンテンポラリー・ダンスに置き換えると、その称号に最もふさわしいのが田畑真希だと私は思っている。田畑は幼少からクラシック・バレエを始めるが大学時代には演劇科に属し、さまざまな身体表現を学ぶ。 その後コンテンポラリー・ダンスに進み近年は振付家として活躍。「横浜ダンスコレクションR2009」 にて受賞を果たし海外でも自作発表する気鋭である。

その田畑が3月上旬横浜で連続公演を行った。同日に別々のフルイブニングものを発表するという異例といっていい試みである。 会場は横浜の観光スポットとなっている横浜赤レンガ倉庫および新たなアートスポットとなっている象の鼻テラス。数百メートルしか離れていないご近所同士である。 両施設では、ともに田畑の作品を上演する企画があり、いっそのこと連続公演にしようと話が進み、時機を見はからって実現させたという。

まずは赤レンガ倉庫1号館の3階ホールで行われたのが主宰するユニット、タバマ企画公演『リリバーシブル』だった。2010年、こまばアゴラ劇場にて初演された『リバーシブル』という作品のリメイクである。 初演時に田畑を含めて6人が出演した作品を7人で上演。今回、田畑は構成・演出・振付に徹した。

タバマ企画新作公演『リリバーシブル』撮影:松本和幸

会場に足を踏み入れると白マットの敷かれたスペースを挟んで客席は対面式に組まれている。 田畑の「始めます!」という掛け声ののち、カラフルな上着を着て下はパンツ、タイツ姿のダンサーたちが入ってくる。 舞台脇の壁が上がり、ノリのいいバンドの生演奏が聞こえる。ほどなくして上方から白の大きなブラインドが3枚降りてくる。ブラインド越しの「向こう側」のパフォーマンスは場所・角度にもよるが足元から下しか観難い仕掛けだ。

リバーシブルすなわち表裏ある空間。見え難い「向こう側」が気にならない訳はない。 けれども、この手の演出に散見される、影が映るようにできている、あるいは可動式で時折のぞき見ることができるといったような、並みの演出家ならば得意顔で思い付きそうな、もったいぶった演出を廃している。 見えなきゃ見えないでいい。表も裏もなく、すべてをあるがままに受け入れる潔さ。目の前に見えるダンサーの踊りにおのずと傾注させられる。

タバマ企画新作公演『リリバーシブル』撮影:松本和幸
タバマ企画新作公演『リリバーシブル』撮影:松本和幸

リズミカルに踊るユニゾンなどダンスらしいダンス、観ていて元気の出るような踊りは心地よい。 いっぽう、正座したり、地面を這ったり、前にバタっと倒れたり、でんぐり返りしたりといった日常や子どもたちの遊びにありふれたような動きが混在する。 ドラム音にのせノリノリに反応する人もいれば、ほとんど最後まであおむけに倒れているだけの人もいる。そう、ここでは身体性にヒエラルキーがない。 バレエ出身もいれば演劇や舞踏から身体表現の道に入ったような人もいる。彼ら彼女らの身体から発せられるクセや匂いが色濃く立ちのぼる。 後半、ブラインドがあがり、カスヤマリコのソロに始まって、すべてがひとつになったような世界が立ち上がる。 裏表といった二項対立で割り切るのではなく、あらゆる物事を気負わず受け入れる。タバマ流の人生哲学は、しなやかなにして懐深い。

タバマ企画新作公演『リリバーシブル』撮影:松本和幸
タバマ企画新作公演『リリバーシブル』撮影:松本和幸

いっぽう、象の鼻テラスで上演された『ワタシヲ サスラウウタ』は田畑真希新作ソロ公演と銘打たれている。田畑がフルイブニングのソロ作品を発表するのは初めてのこと。 が、ソロといってもパートナーがいた。アラン・パットン。プログレッシブ・ロックや東欧のロマの音楽を基盤にしながら多彩なサウンドを生み出している音楽家だ。 田畑が遠田誠の主宰する「まことクラヴ」 の音楽を担当したパットンに惚れ込んでオファーしたという。

会場に入ると目を疑った。象の鼻テラスは横浜港湾に面したガラス張りのスペースである。普段は入口入って正面奥に赤レンガ倉庫、みなとみらい方面が一望できる。 ところが、公演が行われたのは夜なのに、白昼のような光景が出現していた…。 なんと、そこから見える景色を模した幕が掲げられていたのだ。そこへ郷愁を誘うようなアコーディオンの調べが響き、田畑が客席側からあらわれる。 所在無げというか、森のなかにでも迷い込んできたように思えた。シュールにして懐かしいような不思議な時間へと誘われる。

田畑真希新作ソロ公演『ワタシヲ サスラウ ウタ』撮影:松本和幸

始まって間もなくして田畑はパットンと向かい合い、大きなグラスにワインを注いで、盃を交わす。 コミカルで奇妙ながら、おごそかな聖餐、儀式のように思える。やがて、四肢を大きくしなやかに用い、ことに脚を高く挙げて切れよく奔放に踊る。表情も多彩に変えていく。 次々と衣裳を脱ぎ、白い肌着のようなシャツと短いピンクのスカートだけになって踊る。 パットンはアコーディオンだけでなくクラリネットを吹き、ノコギリを弦で弾いたりして、不即不離で田畑と関わりあう。そして、彼は歌を唄いはじめる。 「転んで回って立ち上がる 大きなモノに憧れて 粒子になって舞い上がる そしてサスラウ粒子達…」。

田畑真希新作ソロ公演『ワタシヲ サスラウ ウタ』撮影:松本和幸
田畑真希新作ソロ公演『ワタシヲ サスラウ ウタ』撮影:松本和幸

田畑の、ときに淡々と、ときに激しく踊る鋭く研ぎ澄まされた踊りを観ると、不安や怖れを前に、迷い苦しみ悶えながらも力強く生きていこうという切なる思いのようなものが痛いほど伝わってくる。 最後、テラスに掛けられていた幕が外され、すべてのブラインドが開けられる。高層ビルや港に停泊する船、遊園地の観覧車などが暗闇のなか煌々と輝いている。 人工的な光景ながら、それでも「美しい」と思わずにはいられない。過去があって現在があり、現在があって未来がある。田畑の「さすらい」の果てに、いま生きることのすばらしさ、愛おしさを噛みしめた。 私見では女性ソロを中心とした舞台で、これほどまでに深度ある感銘を受けたのは中村恩恵『ブラックバード』(振付:イリ・キリアン)以来だ。

田畑真希新作ソロ公演『ワタシヲ サスラウ ウタ』撮影:松本和幸

連続上演を通し田畑の「私はこう生きている」という確固たる信念が貫かれている。この世界のあらゆる物事を許容し、生きていこうとする肯定的な意思が強靭に思う。 「希望」と呼ぶのは安易かもしれないけれども、生への飽くなき肯定を、いまを生きるすべての人々が共有すれば、世界は変わるかもしれない――という可能性を夢みた。 田畑真希はマイナーポエットである以上に万人の価値観を静かに深く揺るがし、人々を、世界を良き方向へと導くチカラを秘めた偉大なる舞踊詩人なのではあるまいか。その思いを強くした。

(2012年3月2日 横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール&象の鼻テラス)
撮影:松本和幸

YRBW ダンスプロジェクト Vol.7タバマ企画新作公演『リリバーシブル』

  • 公演日時:2012年3月2日(金)19:00開演、3日(土)17:00開演、4日(日)17:00開演
  • 会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
  • 構成・演出・振付:田畑真希
  • 出演:王下貴司、カスヤマリコ、新宅一平、竹之下亮、寺杣彩、松本雄介、山下彩子
  • 音楽・演奏:善戝和也(band master)、柏佐織里(keyboard)、大島武宣(guitar)、ワディ(drum)
  • 衣装:中本武志、高瀬淳子
  • 照明:丸山武彦、古矢涼子
  • 音響:原嶋紘平、柴田龍一(SONIC WAVE)
  • 舞台監督:鈴木康郎、湯山千景
  • 主催:タバマ企画、横浜赤レンガ倉庫1号館[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]
  • 協賛:資生堂、キリンビール株式会社横浜支社
  • 助成:全国税理士共栄会文化財団
  • 後援:横浜市、神奈川新聞社、tvk、RFラジオ日本、FMヨコハマ、横浜市ケーブルテレビ協議会
  • 制作:レイヨンヴェール

ZOU-NO-HANA TERRACE DANCE NIGHT
VOL.4田畑真希新作ソロ公演『ワタシヲ サスラウ ウタ』

  • 公演日時:2012年3月2日(金)20:45開演、3日(土)18:45開演、4日(日)18:45開演
  • 会場:象の鼻テラス
  • 構成・演出・振付:田畑真希
  • 出演:田畑真希
  • 振付アシスタント:黒田杏菜
  • 美術:月岡彩
  • 演奏:アラン・パットン
  • 照明:丸山武彦、古矢涼子
  • 音響:原嶋紘平、柴田龍一(SONIC WAVE)
  • 舞台監督:鈴木康郎、湯山千景
  • 主催:株式会社ワコールアートセンター
  • 企画制作:スパイラル
  • 制作協力:レイヨンヴェール

高橋森彦

舞踊専門紙誌、日刊紙、美術誌、芸術批評誌、公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿。 バレエ、コンテンポラリー・ダンスなどのほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。
公式ブログ「ダンスの海へ」
http://d.hatena.ne.jp/dance300

タバマキ日記

http://tabamaki.jugem.jp/

Yokohama Dance Collection R 2009 video 田畑 真希 TABATA Maki