Ballet Factory

高橋森彦 バレエ&ダンス逍遥

NHK/NHKプロモーション「NHKバレエの饗宴2012」
~バレエ芸術の多様な魅力と日本バレエの質高さを示した夢の饗宴

3月30日、東京NHKホールにて、わが国有数のバレエ団とダンサーが集う祭典が催された。「NHKバレエの饗宴2012」である。二部構成で6演目を上演。古典から最新のコンテンポラリー・ダンスまでバレエ芸術の多様な魅力を示し日本バレエの質の高さを証明した。公演プログラムに「バレエ芸術の粋、百花繚乱の日本バレエ」と題された拙稿を寄せ、公演の見どころに触れたが、ここでは公演の模様を振り返り成果と展望を記したい。

最初に登場したのが新国立劇場バレエ団だった。『アラジン』から「財宝の洞窟」を上演。芸術監督を務めるデヴィッド・ビントレーが2008年に振付けた全幕バレエからの抜粋だ。主人公アラジンが魔法のランプを手に入れる洞窟の景である。カール・デイヴィスの耳ざわりの良い曲にのせ宝石たちの踊りが数珠つなぎのように展開された。初演時から当たり役とする八幡顕光がアラジンをやんちゃに演じる。12人のアンサンブルを従え清楚で美しいラインをみせ風格十分に踊ったダイヤモンドの川村真樹に注目した。ルビーのパ・ド・ドゥを踊ったのは長田佳世と厚地康雄。一つひとつのステップを精確に踊りつつ輪郭あるフォルムを生み出す長田を偉丈夫の厚地がしっかり支える。サファイアの湯川麻美子の踊りからは強いアピールのようなものが見て取れた。群舞の隅々に至るまでスタイル抜群であり技術も高い。整然と揃ってもいる。豪華絢爛な舞踊絵巻というよりも品があって透明感のある美しい踊りが特徴的。盛大なるバレエの饗宴の幕開けだから、もっと華やかに踊ってほしい気もする。けれども、少し前に「クール&エレガンス」というコピーを標榜していたように創設以来15年かけて磨きあげてきたカラーをあまねく示したのは確かだ。

新国立劇場バレエ団『アラジン』から「洞窟の場」-撮影:瀬戸秀美

2番目に登場したのが参加団体中異色の存在といえるコンテンポラリー・ダンスのカンパニーNoism1だった。りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館のレジデンシャルカンパニーとして内外で幅広く活動する。芸術監督の金森穣はベジャール、キリアンという巨匠に師事した俊英。今回上演された『solo for 2』は2009年初演『ZONE~陽炎 稲妻 水の月』の第一部「academic」の改訂版だが大幅に変えてきた。音楽はバッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ」(演奏:渡辺玲子)。装置は脚部が途中で切り取られたイスだけで衣装もシンプルだ。光と闇のなかに身体が屹立し緊迫感に満ち溢れている。強靭かつ繊細に踊られるダンスが大変魅力的だ。金森のミューズ井関佐和子とキリアンのもとで踊ってきた小㞍健太(ゲストダンサー)のデュオはみずみずしい肉体の躍動に溢れつつも只ならぬ緊張感に貫かれている。高い身体性、緻密に整えられた舞台意匠、上質の生演奏による音楽。それらが、ときに拮抗し、ときに溶けあって、美しくも耽美に堕さない強度ある表現として成り立っている。クラシック・バレエの技術の裏打ちあるコンテンポラリー・ダンスの凄みをみせつけ圧巻だった。今回の白眉だったことは多くの観客が首肯するところだろう。

Noism1『solo for 2』撮影:瀬戸秀美

前半の最後に登場したのが老舗の谷桃子バレエ団。ボロディンの歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」を披露した。エキゾチックなスペクタクルの劇中歌に団付きの名匠・望月則彦が振付けたものだ。騎馬隊や弓隊、槍隊の男性たちによる勇壮な踊り、美女たちによる魅惑に富んだ舞を楽しめた。主要な配役に主役クラスを惜しみなく投じる。イーゴリ公に団長の赤城圭、隊長に齊藤拓、騎馬隊の副隊長に今井智也、弓隊の副隊長に三木雄馬、ダッタンの美女に永橋あゆみ、奴隷の姫に朝枝めぐみ。齊藤、今井、三木という中堅・若手のトップ級男性プリンシパルが一堂に会するのは壮観である。近年、役柄を広げ華やかさと風格を増してきたプリマ・永橋あゆみの華麗な踊りが、このバレエを一層彩り豊かなものにしていた。オペラのなかのバレエということで音楽面に力が入る。オーケストラに加えバス(コンチャック汗)の妻屋秀和が登場し、合唱は藤原歌劇団と二期会合唱団が担当。視聴覚をフルに使い音楽と舞踊の豪華な共演に浸ることができた。

谷桃子バレエ団 歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」 撮影:瀬戸秀美

後半の始まりは牧阿佐美バレヱ団による『ライモンダ』第3幕から「グラン・パ・クラシック」。巨匠プティパ最後の大作の最終場面であり古典バレエの様式美の極北を示すものである。バレエ界きっての名門である牧バレエ団は同作を1979年に日本初演した。改訂振付は英国ロイヤル・バレエ団の振付家だったテリー・ウエストモーランド。プティパの形式を尊重しつつイギリス流のシックな趣をまぶした名版である。タイトル・ロールの伊藤友季子は華奢で愛らしい容姿に恵まれバレエ=舞踊劇を踊り演じるために生まれたかのよう。ジャン・ド・ブリエンヌの京當侑一籠も、この役に似つかわしい偉丈夫だ。今回圧倒されたのがアンサンブルの充実である。伊藤とともに多くの演目で主演を務める青山季可はじめ実力者の吉岡まな美、若くしてキャリア豊富な看板ダンサー菊地研が脇に回る贅沢な布陣だった。他にも日髙有梨、坂本春香、茂田絵美子、米澤真弓、久保茉莉恵、中川郁、清瀧千晴、中家正博ら主役級を張る/張れる逸材が目白押し。今回唯一の古典作品を踊るとなると、観客の目はおのずと厳しくなる。この団なら十八番のローラン・プティ作品を披露すれば拍手喝采を取るのは朝飯前だろう。が、古典バレエの最高峰を担当する重責を果たし、そのうえで次代を担う優れた踊り手を紹介した点に底力を感じた。

牧阿佐美バレヱ団『ライモンダ』第3幕から「グラン・パ・クラシック」 撮影:瀬戸秀美

世界的に名高い東京バレエ団はお家芸のベジャール作品『ザ・カブキ』を上演した。歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」のバレエ化として知られる同作のハイライトである。主人公・由良之助に主君の未亡人であった顔世が討ち入りを強く迫る「雪の別れ」、四十七士が本懐を遂げ、腹を切って死んでいく「討ち入り」を披露。ここでは次世代のスターを前面に推してきた。由良之助に柄本弾、顔世に二階堂由依。それぞれ22歳、20歳という超若手コンビだ。義に殉じるサムライを若さに似合わぬ堂々たる存在感をもって演じた柄本、ほれぼれするような肢体ことに長い脚を優美に用いて顔世の哀しみをせつせつと伝えた二階堂ともに出色の出来ばえ。それを高岸直樹、木村和夫、後藤晴雄といった名だたる大ベテランが脇から支えたのも大きなみどころだった。そして、開幕前から話題だったのが同作上演史上初となる生演奏付きということ。黛敏郎のオリジナル音楽のほかに「討ち入り」の後半には黛の代表作「涅槃交響曲」の最後の部分を使用する。「涅槃交響曲」には大編成の楽団が必要だ。オケピットに入るメインオーケストラのほか2グループ小編成の楽団が入り、さらに男声合唱が加わる。またオリジナル音楽の部分には三味線(田中悠美子)、鳴り物(西川啓光)、笛(藤舎理生)も入る。合唱隊は客席下手の花道のような舞台で歌う。小編成の楽団は舞台裏のピアノ倉庫内に1グループ配置し、もう1グループはホール1階ロビーのパントリーを一部封鎖して、そこで演奏。スピーカーを通してホール内に音を返すという仕掛けが組まれたそうだ。『ザ・カブキ』上演史に残る舞台として記憶されよう。

東京バレエ団『ザ・カブキ』から 撮影:瀬戸秀美

夢の饗宴の最後を飾ったのが日本バレエの至宝といえる吉田都だった。英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとして長く活躍し、愛らしい容姿、抜群の音楽性、品位ある演技を持ち味とし多くのバレエ・ファンに愛されている。吉田の美点は多々あれども、腕や胸といった上半身のニュアンスに富んだ表現のすばらしさは特筆されよう。英国バレエの祖と呼ばれるフレデリック・アシュトンの、優雅さを重んじるスタイルを体現する存在である。今回は、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団から招いたジョセフ・ケイリーとともにアシュトン振付『真夏の夜の夢』から「オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ」を披露した。メンデルスゾーンの「夜想曲」にのせて踊られる吉田の舞は、細部に至るまで神経が行き届き繊細極まりない。妖精そのものといえる浮遊感と、そこはかとなく醸しだされる威厳によって、この世ならざる神秘を感じさせる。わずか10分ほどの短いパ・ド・ドゥであり、派手な踊りでもないが、しみじみとした余韻の残る締めくくりも趣深い。

吉田都&ジョセフ・ケイリー『真夏の夜の夢』より 撮影:瀬戸秀美

かつて「NHKバレエの夕べ」を催し、長年にわたってバレエ番組を手掛けてきたNHKならではの企画である。現在、東京だけでも十指を優に超える大・中規模のバレエ上演団体が精力的に公演を行っているが、今回のように互いの活動を間近で意識し切磋琢磨する機会は少ない。日本バレエの質の向上につながれば何よりである。公演の少し前、高校2年生(当時)の菅井円加の「ローザンヌ国際バレエコンクール」第1位入賞が大きく話題になり日本のバレエへの関心が高まるなかタイムリーな企画となったのも偶然ながら意義深い。大井剛史指揮・東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も特記される。難曲含む多彩な楽曲を見事にさばいた。舞踊と音楽が歩み寄り互いを高め合うことで舞台の感動はなお強くなる。バレエ上演における音楽の重要性をあらためて痛感する場でもあった。今後も時機を見はからってぜひ継続してほしい企画である。今回観られなかった方は6月17日のテレビ放送をチェックいただきたい。そして、何よりも劇場に足を運んでいただきたい。日本のバレエの将来に光明を見いだし惜しみない声援を送ろうではないか。

フィナーレ 撮影:瀬戸秀美

(2012年3月30日 NHKホール)
撮影:瀬戸秀美

テレビ放映予定

高橋森彦

舞踊専門紙誌、日刊紙、美術誌、芸術批評誌、公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿。 バレエ、コンテンポラリー・ダンスなどのほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。
公式ブログ「ダンスの海へ」
http://d.hatena.ne.jp/dance300

新国立劇場バレエ団

http://www.nntt.jac.go.jp/nbj/index.html/

谷桃子バレエ団

http://www.tanimomoko-ballet.com/

牧阿佐美バレヱ団

http://www.ambt.jp/

東京バレエ団

http://www.thetokyoballet.com/

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ベジャール/東京バレエ団「ザ・カブキ」 高岸直樹/上野水香

アラジン (バレエ名作物語vol.5)