Ballet Factory

高橋森彦 バレエ&ダンス逍遥

東京小牧バレエ団・日本-モンゴル国交樹立40周年記念公演
~66年の伝統を受け継ぐ踊り手たちが珠玉のレパートリーを熱演

中国とロシアに囲まれたユーラシア大陸の内陸国モンゴルは広大な平原や砂漠、山岳地帯に囲まれた自然豊かな国である。近年は元横綱・朝青龍や横綱・白鵬ら大相撲力士の活躍もあって日本では、なじみ深い。が、13世紀後半の元寇以来20世紀まで接点はなく、1972年国交締結後も社会主義体制が続き表立った交流は盛んではなかったようだ。

そんななか、早くからモンゴルと文化交流を深めてきたのが小牧正英である。戦後バレエの先駆者・小牧は戦前にハルピンのバレエ学校に学び、上海バレエ・リュスにて活躍。帰国後は『白鳥の湖』全幕日本初演(1946年)を皮切りに多くの古典バレエや近代バレエを紹介するとともにアジアをはじめ世界各国と文化交流につとめてきた。

2006年9月、小牧は94歳の生涯を閉じるが、翌年5月に小牧の甥・菊池宗が東京小牧バレエ団を率い「モンゴルにおける日本年」公式事業として首都ウランバートルのモンゴル国立劇場オペラハウスで2日間公演。小牧の長年の悲願を叶えた。それから5年――。日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演(文化庁国際芸術交流支援事業)を行うため同バレエ団は再びウランバートルを訪れた。同行したので、その模様を報告する。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治
東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

出発は6月4日(月)。午後、成田発MIATモンゴル航空便に搭乗、同日夜ウランバートル郊外チンギス・ハーン国際空港に到着した。時差は1時間。出迎えた関係者のなかには今回共演するモンゴルのヒーロー、アルタンフヤグ・ドゥガラーの姿も。彼が国際的名声を得る基盤となったのが日本であり、小牧バレエとは共演を重ねる間柄である。

空港から宿泊先ホテルへとバスで移動したが、市内には完成から日が浅い高層ビルやマンションが建ち並ぶ。建設中のものも少なくない。道路には自動車やバスがあふれ渋滞気味。民主化が進み経済成長目覚ましいとは聞いていたが本当のようだ。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治
東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

到着翌日5日(火)は昼からモンゴル国立劇場オペラハウスの4階リハーサル室でレッスン後リハーサルを行った。同劇場はアジア最古のオペラハウスとして知られる。第二次世界大戦後シベリアに抑留後モンゴルに移送された日本人捕虜たちが建てたものだ。リハーサルでは今回上演する『シェヘラザード』『マダレナ』を衣装付けずに通した。

6日(水)はオペラ劇場に近接する国立パレスセンターの舞台上でリハーサルが始まった。今回の公演場所である。通常パレスセンターでは馬頭琴楽団の演奏等が行われバレエが上演されることはないらしい。客席数が千数百人とオペラ劇場に比べ圧倒的に多く、舞台の大きさ・幅が上演作品に適しているため、この会場が選ばれたという。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

7日(木)は朝のレッスン後リハーサル。スタッフは現地劇場の担当者が務めたが、照明に関しては東京小牧バレエ団の公演を手がける吉田信が同行。機材乏しく劇場機構の制約もあるなか通訳を通しスタッフに指示を出していく。衣裳、ドロップ(幕)や小道具は基本的に日本から持ち込んだが、『シェヘラザード』の宮廷の装置は現地で作成した。そして、『マダレナ』『シェヘラザード』のアンサンブルにモンゴル国立バレエ団の男性ダンサーが賛助出演。彼らも自劇場のリハーサルの合間をぬって参加する。

この日夕刻には清水武則駐モンゴル日本国特命全権大使の招待により駐モンゴル日本国大使館にて歓迎の晩餐会が催され菊池宗以下スタッフやソリストたちが参加した。清水大使からは文化交流への感謝が延べられ激励を受けた。菊池は今回の公演実施には昨春の東日本大震災時のモンゴルによる東北支援への御礼の気持ちが大きいと語る。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

8日(金)は早くも本番初日。朝レッスンを行った後ゲネプロ(本番同様の通し稽古)が行われた。19:00開演の公演はチャリティー公演との由。翌9日(土)17:00開演の公演には9か国の大使が列席し入場口やロビーでは厳しい警備態勢が敷かれた。両日とも観客の入りは上々。特に二日目は早くから完売となる盛況だった。以下公演の模様である。

幕開けにドゥガラーとアメリカのFestival Ballet ProvidenceのバレリーナEmily Loscoccoが小品のデュオを披露したのち『マダレナ』が上演された。これは前団長の故・菊池唯夫(小牧正英の実弟)が自身と小牧の出生地である東北の隠れキリシタンを題材に創作した一幕もの。元和元年(1623年)陸奥の国の山奥の集落が舞台だ。キリシタン白拍子一行が巡礼に訪れ白拍子のマダレナと村を統率するマチアスが恋に落ちる。ほどなくして婚約するが、幕府によるキリシタン詮議が厳しくなり、禁制の踏絵を踏まなかったマチアスは斬殺される。やがてマダレナたちは……。

プロローグはキリシタンの巡礼。メシアンの荘重な音楽にのせ闇のなか巡礼たちが浮びあがる。続いてキリシタン武士であった後藤寿庵が独白(ナレーション)にあわせてマダレナとマチアスの死を悼んで仕舞を舞う。寿庵の菊池宗は黒装束で舞台前下手から現れ、舞台中央奥へと進み薙刀を手に取って所作事を行う。ただならぬ緊張感に包まれた。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治
東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

村の広場の景の眼目はマダレナをはじめとした白拍子7人の舞である。打掛を羽織っての踊りは背筋伸ばし凛とした雰囲気と、しとやかさを醸しだし、前を合わせる所作も、きれいに決まった。和の衣装、所作とバレエを巧みに融合させた振付である。このあたりになると客席がしんと静まり返り舞台を注視している気配が感じられた。

全編の白眉のひとつが琵琶の音にあわせてのマダレナとマチアスの道行(パ・ド・ドゥ)。マダレナの藤瀬梨菜とマチアスの風間無限は情感をこめて愛を交わす。風間は純真無垢な若者を、いきいきと演じる。跳躍ひとつとっても思いこもり、感情と動きが一体化した繊細な踊りが、すばらしい。それゆえにマチアスの死が痛ましいことこの上なく、不在の悲しみが残像のごとく浮びあがってくる。藤瀬は可憐な少女が似合うが、マチアス死して一統を率い自首する際の、悲愴な覚悟のなかに、きりりとした気品を漂わせる。清冽に美しい。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

マチアスの死に狂乱する姉マリヤの森山直美、お団子髪で強烈なキャラクターを発揮したアンナ役の井口優子、村人の信頼厚いカルバリヨ神父の瀧澤行則、探索方を率い憎らしい演技をみせた原田秀彦、村の顔役・石母田大膳の酒井正光ら脇を固める布陣がふたりを盛り立てた。村の若者や村娘の踊りも、にぎやかで目を楽しませてくれる。

このバレエを締めくくるのが寿庵の天空の舞だ。白装束の菊池が能とバレエの動きを織り交ぜた美しい奉納仕舞を舞う。この3月、東京で10年ぶりに再演した際には被災地への思いをこめて踊られた。殉教者への鎮魂歌であるとともに迫害や辛苦に見舞われ消えた名もなき人々への挽歌である。かつて清朝によって外モンゴルを支配され、つねに中国や旧ソ連などの抑圧も受けてきた国だけに共感する部分も少なくないだろう。静かで透明感のある祈りそのものの舞はモンゴルの観客の心にも深く響いたのではないだろうか。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

『マダレナ』は観るほどに深い作品である。キリシタン巡礼の場面では、白衣を着た巡礼たちが十字から卍、そして円形へと隊形移動する。そこに象徴されるように、宗教に留まらず、この世のあらゆる相対する物事の融和と共存がテーマと思われる。バレエと和の所作の融合、メシアンの宗教音楽の使用も主題に適う。東西の文化や舞踊様式を超越し独創的かつ普遍的で深みがある。日本から離れモンゴルで鑑賞し、その思いを強くした。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

『シェヘラザード』は、このバレエ団の十八番。「千夜一夜物語」を題材にフォーキンが振り付けた名作を、上海バレエ・リュス時代にソコルスキー振付で踊っていた小牧正英が改作した版を受け継ぐ。展開自体はサルタン・リアールが狩りに出かけている間に愛妾ゾベイダが宦官長をそそのかし奴隷たちを解き放ち饗宴にふけるという、おなじみのもの。小牧版の特徴はシェヘラザードと語り手の老人を配するプロローグとエピローグを付けていることである。衣裳や装置も色鮮やかで豪華絢爛なスペクタクルに仕上げている。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

ここではドゥガラーの金の黒奴に注目が集まった。彼が登場すると大きな拍手が沸く。猫のようにしなやかな跳躍と着地に歓声が上がる。身体のキレ抜群で好調のようだ。ゾベイダ役の周東早苗とは昨夏このバレエを踊っており呼吸はぴったり。周東はアダージョで妖艶な演技をみせる。ソロでは力強いシェネを披露し客席からは拍手が巻き起こった。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治
東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

宦官長を持ち役とする酒井正光の飄逸な演技に笑いが起きる。サルタン・リアールの原田秀彦、サルタン・ゼーマンの水月星司というコンビも回を重ねて風格が出てきた。オダリスクやアルメニア人を踊ったダンサーたちも闊達に踊り、これまでよりも総体的に色気を増している印象で迫力があった。女官や奴隷含めた総踊りに客席は盛り上がった。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

宴もたけなわ、サルタンたちが帰還し、奴隷や女官たちはポロヴェツ人を除き皆殺しになる。ここでゾベイダが王に許しを請う芝居を長々とみせる版も少なくないが、小牧版ではゾベイダは王への未練をほとんどみせることなく自刃し金の黒奴の亡骸に添い遂げる。両者が背徳の関係で結ばれ究極の愛を知ってしまったがゆえに迷いなく死を選ぶ点が強調される。周東ゾベイダの決然たる死が、見事である。鮮烈なカタストロフであった。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

最終日の開演前、舞台幕前で菊池宗が文部科学大臣より「モンゴル国文化文部大臣賞」を受けた。モンゴルの芸術文化関係における最高栄誉とのこと。モンゴルと日本の文化交流を継続してきた成果を示す証左となる価値ある受賞である。本番終了後、市内のレストランで清水大使夫妻列席のもとパーティーを催し無事公演を打ち上げた。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

翌日10日(日)はもう帰国前日。リハ-サル・本番が続き、観光する時間はほぼなかったのだが、ようやく時間が取れ、一行はウランバートル郊外の草原に向かった。見渡す限りの平原と青い空と雲。雄大な景色を堪能したが、それ以上に印象的だったのが、無事公演を終えた達成感と安堵に満たされているに違いないダンサーたちの清々しい表情だった。

夜にはモンゴル国立オペラハウスにて同劇場バレエ団『スパルタクス』を観劇。小規模ながら歴史あるオペラ劇場を持つ強みを感じさせる趣ある舞台だった。わが国にオペラハウスの文化は根付いていない。バレエは民間の自助努力によって発展し、先人から受け継いだレパートリーの継承が生命線。66年の伝統を受け継ぐ小牧バレエの踊り手たちからは、その誇りと自覚が感じられる。遠くモンゴルの地で、そのことを改めて頼もしく思った。

東京小牧バレエ団・日本・モンゴル国交樹立40周年記念公演-写真撮影:飯田耕治

撮影:飯田耕治

日本-モンゴル国交樹立40周年記念公演 出演者

  • 周東早苗
  • 藤瀬梨菜
  • 長者完奈、菅原舞子、高瀬美季、金子綾、西田里菜、石丸眞衣、星野美愛
    松田朱実、近江谷あか音、新井利江、餅田瑛美、井口優子、
    井口智子、藤井由乃、藤村美穂、高橋美咲、中尾優妙
  • 森山直美
  • Emily Loscocco(Festival Ballet Providence)
  • アルタンフヤグ・ドゥガラー(ボストン・バレエ団)
  • 風間無限
  • 酒井正光
  • 原田秀彦
  • ラグワスレン・オトゴンニャム、ガンウル・ホスバヤル、
    澤井秀幸、水月星司、川崎真弘、森山純、瀧澤行則
  • 菊池宗
  • 他、モンゴル国立バレエ団賛助出演

高橋森彦

舞踊専門紙誌、日刊紙、美術誌、芸術批評誌、公演プログラム、公演チラシ、Web媒体等に公演評・解説・紹介記事・インタビュー記事を寄稿。 バレエ、コンテンポラリー・ダンスなどのほか演劇等も含めたパフォーミングアーツ全般に関心。
公式ブログ「ダンスの海へ」
http://d.hatena.ne.jp/dance300

東京小牧バレエ団

http://www.komakiballet.jp/

【次回公演】

菊池宗 モンゴル国文化文部大臣賞受賞記念

東京小牧バレエ団公演
『白鳥の湖』全幕

日時:11月3日(土)18:30、4日(日)15:00
会場:新国立劇場中劇場
料金:SS-12,000 S-10,000 A-8,000 B-6,000
総監督:菊池宗
演出・振付:佐々保樹(プティパ/イワノフ、小牧正英による)
芸術監督:酒井正光
バレエミストレス:周東早苗 バレエマスター:原田秀彦
スペシャル・ゲスト:倉永美沙、ヤロスラフ・サレンコ
主催:特定非営利活動法人「国際バレエアカデミア」

東京小牧バレエ団

日本バレエのパイオニア―バレエマスター小牧正英の肖像

バレリーナへの道〈67〉
追悼 小牧正英/特集 バレエ&ダンスコンクールのいま