HAMBURG BALLETT
JOHN NEUMEIER Tatjana
ノイマイヤーの画期的な読み直し
ハンブルク・バレエ 『タチヤーナ』世界初演
〜2014年7月10日ハンブルク国立歌劇場〜

 プーシキン原作の『エウゲニー・オネーギン』のバレエ化と言えば、クランコの『オネーギン』(1965年初演)がよく知られているが、この名版が生まれてもうすぐ半世紀という今年、もう一つの新版が生まれた。ハンブルク・バレエを率いる巨匠ジョン・ノイマイヤーの『タチヤーナ』である。

 現在ヨーロッパでは、物語バレエの読み直しが盛んなだけに、その先陣を切るノイマイヤーの新作には強く興味を引かれた。

 バレエの初演は6月29日、第40回<ハンブルク・バレエ週間>の皮切りで、筆者が鑑賞したのは7月10日、3回目の最終公演である。<バレエ週間>には、クランコ版『オネーギン』も平行上演され、二つの版を比較できるという配慮もなされた。

タチヤーナ(ブシェ)とオネーギン(レヴァゾフ)Ⓒ Holger Badekow

 ノイマイヤーの新版は、プーシキンの原作に立ち返り、主人公のタチヤーナ・ラーリナはじめ主要登場人物の心理描写を深めたもので、クランコ版のイメージを全く払拭し、独自の視点から読み直した点が斬新だった。音楽は、日本でも四年前に上演された『人魚姫』を作曲したレーラ・アウエルバッハのオリジナル。その響きは深淵かつ神秘的、メロドラマティックな色彩は皆無で、主人公たちの悲痛な内面の声とデカダンスの香りを濃厚に伝える。ノイマイヤーは、振付・演出・装置・衣裳の全てを一手に担当し、その革新的な手法でトータル・アートの結晶のような舞台を創り上げた。白樺林がほんのりと浮かび上がるグレージュ・ブルーの紗幕の美しさから、振付家のデリケートなセンスを感じ取らずにはいられない。本を立てたような形の回転式の舞台装置は極めて簡素なものだが、本のページをめくるように場面が転換されていくのは物語の要素と重なって秀逸なアイディアと言えた。

 プロローグ付き全2幕10場は、随所で独創性が光る。まずプロローグをオネーギンのフラッシュバックとし、ザレツキー(サシャ・リヴァとマルク・ジュベトの二人が演じる)の介添えで決闘の末、親友レンスキーを殺してしまい苦悩する姿を浮かび上がらせた。オネーギンはなんとスキンヘッドの吸血鬼。扮するエドヴィン・レヴァゾフは、その強烈な魅力で作品の幻想怪奇性を高めることに貢献した。

タチヤーナ(ブシェ)とオネーギン(レヴァゾフ)Ⓒ Holger Badekow

 このように妖しく危険な男性に惹かれる女性、それがノイマイヤー版のタチヤーナである。第1幕第5場のタチヤーナの夢というのは、決してロマンティックなものではなく、オネーギンがレンスキーを殺害するのを予見するのである。果たしてそれは、第7場の決闘の場で現実となる。複雑な感情の間で揺れ動くタチヤーナを演じるエレーヌ・ブシェは全力投球。主人公に完全に同化したかのように精魂傾け、ノイマイヤーのミューズとして成熟した魅力を打ち出した。窓辺で物思いに浸る姿や、第2幕第8場サンクトペテルブルクの舞踏会で、夫であるN公爵とオネーギンと三人で踊るシーンの狂おしい表情が忘れ難い。最後の第10場では、オネーギンの愛を受け入れつつ、優しく別れを告げるタチヤーナの姿が深い余韻を残した。

タチヤーナ(ブシェ)とN公爵(ユング)を見つめるオネーギン(レヴァゾフ)Ⓒ Holger Badekow

 レンスキーの存在も拡張されている。ここでは作曲家という設定で、オネーギンに撃たれた後も第2幕で亡霊として登場、オネーギンに替わってタチヤーナへの手紙を代筆したりもする。アレクサンダー・トラッシュ演じるレンスキーは振付家自身の面影をしばしば蘇らせるような緩急自在の演技で傑出していた。

手前がレンスキー(トラッシュ)とオネーギン(レヴァゾフ)、奥がタチヤーナ(ブシェ)。Ⓒ Holger Badekow

 一種の心理バレエを見るようだが、ハンブルク・バレエのダンサーたちは、ノイマイヤーの意図を汲み取り、舞台でそれぞれの人生を生きているように真に迫った演技を展開。上記のほか、オリガを演じたレスリー・ヘイルマン、N公爵のカーステン・ユング、そして群舞の熱演が特筆される。まさにノイマイヤーの舞踊言語を体現する素晴らしい人材の宝庫である。

 演奏はサイモン・ヒューウェット指揮ハンブルク・フィルハーモニカー。

 この作品は、2014ー15シーズンにも再演。細部に磨きがかけられ、より完成度の高い作品に仕上げられることであろう。

 モスクワ音楽劇場との共同制作というのも興味津々。

背景写真:トータル・アートの結晶のような舞台。Ⓒ Holger Badekow

【INFORMATION】

『タチヤーナ(Tatjana)』のハンブルクにおける公演予定

2014年 11月 11、14、20日

2015年 5月26日、6月3、4、5、6日、7月2日

www.hamburgballett.de