パリ・オペラ座2013—14シーズン最後を飾った『ノートルダム・ド・パリ』と<ロビンズ/ラトマンスキー>プロ
NOTRE—DAME DE PARIS & ROBBINS/RATMANSKY

『ノートルダム・ド・パリ』(6月30日〜7月15日)

カジモド(ル・リッシュ)とエスメラルダ(アバニャート)。ⒸAnne Deniau/Opéra national de Paris

 パリ・オペラ座では、2013—14シーズンの最後に、オペラ座バスティーユで、ローラン・プティの名作『ノートルダム・ド・パリ』を上演。今回は、7月9日のアデュー公演を控えたエトワールのニコラ・ル・リッシュがオペラ座での最後のカジモドを会心の演技で飾り、こちらも記念すべきアデュー公演となった。ニコラは、6月30日の初日に次いで7月3日、そして5日の全部で3回登場。最後の5日夜の公演はこの作品の初演から数えて93回目。彼が初めてこの役を踊ったのは今から18年前の96年のことだった。若干24歳のカジモドは史上最年少。プティが惚れ込んだだけに、役の魂を吹き込まれたようなニコラのカジモドはセンセーションを巻き起こしたのだった。幸い、初演のシリーズの舞台が映像に残されているので、その名演を思い起こすことが出来るだろう。その後2001年の再演では、彼は踊っていない(カジモドにマッシモ・ムッルが客演し、イザベル・ゲランがエスメラルダを踊って引退した)。

カジモド(ル・リッシュ)とエスメラルダ(アバニャート)。ⒸAnne Deniau/Opéra national de Paris

 私自身、ニコラのカジモドを見るのはわずか3回目である。

 42歳とはいえ、ニコラの踊りには何と生き生きとした生命力が溢れていたことだろう。まるで“ダンスの巨人”である。プティ自身からこの役柄の真髄を直接伝授されているだけに、この役に対する愛着がひしひしと伝わってくるのだった。時折プティの面影がよぎったのは気のせいだろうか。

カジモド(ル・リッシュ)ⒸAnne Deniau/Opéra national de Paris

 冒頭の祭りのシーンで群衆の間から忽然と登場。単に異形というのみにとどまらず、大エトワールの風格がある。一挙手一投足にエネルギーがみなぎり、最後までステージ全体を燃え立たせるのは、まれに見るカリスマ性にほかならないだろう。第2幕10場の鐘撞きのソロの迫力。同11場におけるエスメラルダとのパ・ド・ドゥでは、ノーブルで温かい包容力さえ感じさせ、続くフロロとの対決では一転して緊迫した空気に周囲を巻き込む。そして処刑されたエスメラルダの亡骸を抱いて消えていく悲哀と絶望に満ちたラスト。

カジモド(ル・リッシュ)とフロロ(オファルト)の対決。中央はフェビュス(マニュネ)の死を嘆くエスメラルダ(アバニャート)。 ⒸAnne Deniau/Opéra national de Paris

 共演者も最強メンバーで固められた。エスメラルダのエレオノラ・アバニャートは、登場のソロの難曲で要所を押さえた演技を見せ、好調の滑り出し。かつて見られなかったほど、気迫、集中力ともに十分で、エトワールとしての余裕を感じさせた。フロロのジョシュア・オファルトは、切れ味鋭い踊りに冷酷で非情な役作りも巧みで、かつてこの役を当たり役としたルグリとイレールの後継者を思わせた。フェビュスのフロリアン・マニュネは、穏やかな役作りでもう少し主張があってもよかった。 

カジモド(ル・リッシュ)とエスメラルダ(アバニャート)。ⒸAnne Deniau/Opéra national de Paris

 カーテンコールは客席総立ちとなり、ニコラは何度も何度もステージに呼び戻された。天井から色とりどりの花吹雪が散りいつ果てるともない喝采の中、感無量の表情で舞台に佇むニコラ。それでいて共演者たちに対する配慮も忘れてはいない。オペラ座の仲間たちと作り上げた名舞台は、全幕ならではの圧倒的な感動をもたらしたのだった。

 7月5日マチネと8日は別のキャスト(フェビュスを除いて)で鑑賞。カジモドにステファン・ビュリオン、エスメラルダにアリス・ルナヴァン、フロロにオードリック・ベザール、フェビュスにフロリアン・マニュネ。総じて水準に達してはいるものの、少々古めかしさを感じたのは、恐らく振付家の視線が欠けていたことであろう。それでも、2回目に見た時は、演技がより緻密になったように感じられ、ビュリオンの冷ややかな凄み、ルナヴァンの東洋的な繊細さ、ベザールの威圧感などに見るべきものがあった。しかし、当夜の真の主役はコール・ド・バレエで、モーリス・ジャールの怒濤のような音響に悠然と立ち向かって行く様は圧巻というほかはない。演奏はケヴィン・ローデス指揮イル・ド・フランス・オーケストラ。

エスメラルダ(ルナヴァン)とカジモド(ビュリヨン)。ⒸAnne Deniau/Opéra national de Paris



<ロビンズ/ラトマンスキー>プロ(6月19日〜7月7日)

 『ノートルダム・パリ』と平行して、オペラ座ガルニエでは、ロビンズの『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』とラトマンスキーの『プシュケ』の2本立てによるミックス・プログラムが上演された。公演初日には、ロビンズ財団からオペラ座に「ジェローム・ロビンズ賞」が贈られている。7日の最終公演を見る。

 『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』(69年初演)は、91年11月オペラ座のレパートリーに入り、その後振付者が存命の間の93年に再演されている。当時舞踊監督だったパトリック・デュポンはじめ、ローラン・イレール、マニュエル・ルグリ、モニク・ルディエール、イザベル・ゲラン、マリ=クロード・ピエトラガラなど錚々たるエトワールたちが火花を散らす競演を繰り広げたのが記憶に新しい。それから世代は移り変わり、私にとって久々の『ダンシズ‥‥』となった。


『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』よりアルビッソンとオファルトⒸSébastien Mathé/Opéra national de Paris

 ショパンのマズルカ、ワルツ、エチュード、スケルツォ、ノクターンなど14曲から構成されたこの作品は、10人の舞踊手(男女各5名)によって踊られ、その一曲一曲が音楽との対話、あるいはパートナーや仲間との対話をつづるような詩情に溢れている。音楽のフィーリングをいかにステップに移し替えるか、振付家からダンサーに課された課題だ。

 この日のキャストは、ジョシュア・オファルト(茶)、 エロイーズ・ブルドン(黄)、ピエール=アルチュール・ラヴォー(緑)、アマンディーヌ・アルビッソン(ピンク)、オードリック・ベザール(すみれ)、ロレーヌ・レヴィ(青)、クリストフ・デュケンヌ(青)、ローラ・エケ(紫)、オレリー・デュポン(緑)、ダニエル・ストークス(赤レンガ)。


 『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』左からパケット、ジーザンダネ、ダニエル、オファルト、アルビッソン、デュケンヌ(※筆者の鑑賞日の組み合わせではありません)ⒸSébastien Mathé/Opéra national de Paris

 トップ・バッターのオファルトの音の風になびくような軽快さ、デュポンの蝶のような魅惑的な舞い、デュケンヌの清々しい風格などが印象に残る。若手も健闘していたものの、かつてに比べ、ダンサー相互のつながりが希薄になったと感じられたのは気のせいだろうか。なお、長年オペラ座の舞台に欠かせない存在として活躍してきたプルミエ・ダンスールのデュケンヌは、定年を迎えこの日が現役最後の舞台。終演後は、その労をねぎらうかのように多くのファンからひときわ温かい拍手が送られた。

 もう一人Rの頭文字のつく振付家、アレクセイ・ラトマンスキーによる『プシュケ』は、2001年9月パリ・オペラ座からの委嘱で、フランクの交響詩『プシュケ』に振り付けられたもの。ラトマンスキーは、ボリショイ・バレエの芸術監督を経て、現在ABTの常任振付家の地位にあり、世界の主要劇場から引っ張りだこの存在。プシュケとエロスのカップルに3組のキャストが組まれた。初日はレティシア・ピュジョル&マルク・モロー、第2キャストはシャーリーン・ジーザンダネ&ピエール=アルチュール・ラヴォー、第3キャストはいずれも客演で、ディアナ・ヴィシニョーワとシュツットガルト・バレエからカナダ・ナショナル・バレエへ移籍したばかりのエヴァン・マッキーの大物カップル。筆者が鑑賞した公演最終日は客演の二人が登場し、公演掉尾を飾った。


『プシュケ』よりプシュケ(ヴィシニョーワ)ⒸSébastien Mathé/Opéra national de Paris

 プログラムによれば、フランクの管弦楽と合唱のための交響詩『プシュケ』を最初にバレエに使ったのはジャン・バビレだったという。プティの『プルースト、失われた時を求めて』の「囚われの女」の頭にもこの作品の主題が使われている。実際、天上的な美しさの女声合唱を交えた音楽は、壮大かつ官能的で、フェリックス・クリーゲル指揮パリ・オペラ座管の豊穣な響きにしばしば耳を奪われた。

 ラトマンスキーは、ギリシャ神話のテーマにとらわれず、このフランクの名曲からダイナミックで変化に富んだ動きを編み出すことに成功した。カレン・キリムニクのポストモダンでキッチュな美術、アデリーヌ・アンドレのファンタスティックな衣裳が大胆で新鮮だ。

 主役とプシュケとエロスのペアは、日程が許せばオペラ座組でも見てみたかったが、客演のヴィシニョーワとエロスのマッキーはラトマンスキーの振付を自在に踊りこなし、主役としての存在感抜群。表題役のヴィシニョーワは眠りと覚醒の間をさまよっている時でさえ官能的な輝きを絶やさず、常に女王の輝きがある。マッキーは彫刻のような勇姿で舞台を引き締めた。二人を結びつけるヴィーナスには、ステファニー・ロンベルグが扮し貫禄ある演技で適役だった。

『プシュケ』よりプシュケ(ヴィシニョーワ)とエロス(マッキー)のパ・ド・ドゥ  ⒸSébastien Mathé/Opéra national de Paris

 二人の姉妹や四人のゼフィールのソリストはじめコール・ド・バレエに至るまで、振付のキッチュな部分にも洗練されたエスプリを加えるなど、オペラ座バレエの柔軟性を再確認させられた。