ノイマイヤー『大地の歌』世界初演
John Neumeier   Le Chant de la terre
Ballet de l’Opéra National de Paris
〜2015年2月24日—3月12日
パリ・オペラ座バレエ〜

  ハンブルク・バレエの芸術監督、ジョン・ノイマイヤーがパリ・オペラ座から委嘱されたマーラー作曲『大地の歌』が2月24日、折しも振付家の73歳の誕生日に世界初演された(全14公演、ガルニエ)。

  オペラ座には、英国の巨匠マクミランによる『大地の歌』(1965年)が78年からレパートリーに加わっていて、近年では、94年6月に再演されている。この時は、プラテル、ル・リッシュ、マルティネズあるいはゲラン、イレール、ロモリといった組み合わせで鑑賞した記憶があるが、既に20年以上前の話。
 本年はマクミラン版が初演されてからちょうど50年。初演半世紀の節目に、この作品を初演したシュツットガルト・バレエ団や英国ロイヤル・バレエでは再演が行われている。
 パリ・オペラ座はノイマイヤーに新版を委嘱。彼は、これまで第3番、4番、5番など数々のマーラーの交響曲や歌曲を舞踊化しているが、マーラー作品に振付けるのは恐らくこれが最後と語っている。
 『大地の歌』は8世紀の中国の李白らの詩をドイツ語訳したものを基本に1908年に作曲。人生の孤独や永遠の苦悩を主題にした6つの楽章は、最愛の娘を失い、自らも病に苦しむ作曲家の人生観が反映され、他の交響曲とは趣を異にしている。テノールとアルト(またはバリトン)とオーケストラのための交響曲で、マクミラン版ではテノールとアルトの歌唱であったが、ノイマイヤー版ではテノールとバリトンという男声版を採用し、こうした異なる声のトーンも作品の雰囲気を大きく左右する結果になったと思われる。最も大きな違いは、マクミラン版が、音楽に触発され叙情性を重視し、「死の使者」を登場させたのに対し、ノイマイヤー版は詩の内容に深く踏み込んだ「舞踊詩」であり、一人のさまよえる若者の心の旅としたことである。この青年とは、作曲家あるいは振付家自身にほかならないだろう。さらにプロローグに、ピアノ版による6楽章『告別』の録音版を加え、無音部分も含めて全体で一時間半の作品としたのも独自の構成と言えよう。
 当初ノイマイヤーは、エルヴェ・モロー&レティシア・ピュジョル、マチュー・ガニオ&ドロテ・ジルベールという2組をメイン・キャストに想定して作品作りを開始したと聞く。ところがモローが怪我で降板。この作品はモローに捧げられたはずなので、本人とノイマイヤーの落胆いかばかりかと想像される。替わってガニオ&ピュジョルが初演キャストとなり、第2キャストはフロリアン・マニュネ&ジルベール、第3キャストはファビアン・レヴィヨン&ノルウェン・ダニエルとなった。
 所見のキャストは次の通りである。

【3月6日】ガニオ&ジルベール、シャイエ ※直前にマニュネが降板しガニオに交替。
【3月9日】ガニオ&ピュジョル、パケット 

 両日とも歌手は、テノール=ブルクハード・フリッツ、バリトン=ポール・アルミン・エーデルマンで、楽章ごとに交互に登場し舞台端で歌った。演奏はパトリック・ランゲ指揮パリ・オペラ座管。

 同じマーラー作品でも、過去の『第三交響曲』などと比較すると、『大地の歌』では、音楽の高揚にダンスが寄り添うのではなく、むしろ音楽との距離を保ちながら、東洋的瞑想を繰り広げているような感がある。流動的というより途切れがちの振付、手や腕の驚くべき繊細な動き、すり足歩行といった独特の作風が、詩と音楽に込められた東洋の微細なニュアンスを多層的に伝え、ノイマイヤーならでの手腕が随所に光る。
 旅する若者を演じたガニオは、振付家のミューズに徹するというよりは、ベジャールの『アダージェット』を踊るジョルジュ・ドンのように、自らの道を模索する悩める若者である。一つ一つの動きに独自のナイーブな感性がきらめき、その分身や愛する女性と出会いや別離を綴っていく。分身のヴァンサン・シャイエはやや線が細く、カール・パケットの存在感に一日の長があった。
 若者の夢想の中に現れる永遠の女性は、ジルベールの無垢で感情を露にしない別世界の存在的な入魂の役作りが感銘深い。ダニエルやローラ・エケ(※3月23日エトワールに昇格。後半に関連記事)らにも同様の崇高さが漂う。一方、ピュジョルには生身の女性としての自我が感じられたのが対照的であった。
 さすがに全体的にノイマイヤーらしい緻密で隙のない作りとなっているが、とりわけ第5楽章『春に酔う男の歌』のソロや、第6楽章の『告別』の主人公と分身によるデュエット(ベジャールの『さすらう若者の歌』を想起させる)、続く主人公と女性のデュエットなどは、独立して上演されてもよいほど完成度の高い振付となっている。見れば見るほど作品の奥深さに触れることができ、巨匠の到達した円熟の境地が伺える作品である。
 なおほぼ同時期に、シャンゼリゼ劇場では藤倉大作曲、勅使川原三郎演出のオペラ『ソラリス』の世界初演が行われ、シャイヨ劇場では、野田秀樹演出『egg』が上演されるなど、ちょっとした日本ブームに沸いた。『大地の歌』と『ソラリス』は、歌に振付けられた点が共通で、振付家が演出から衣裳、美術、照明まで手がけているのも同じ。主人公とその分身、愛する人の幻影を追う姿、永遠にさまよう主人公など、偶然にもいくつか類似性が見られたのが興味深かった。
 『egg』はシャイヨ劇場のディレクターが日本でこの作品を見て気に入り、すぐに上演が決定されて、パリ公演が実現したものだ。一方、『ソラリス』は、日本人スタッフによる画期的プロジェクトであるにも拘らず、未だに日本での上演の話が立ち上がらないのは、不思議としか言いようがない。4月には、レムのSF『ソラリス』(ハヤカワ文庫)が装いも新たに刊行される。SFファンにとっても楽しめそうなダンス・オペラなので、ぜひこの機会に日本での上演が実現しないものだろうか。

 ★新エトワール誕生〜ローラ・エケ〜
 3月23日『白鳥の湖』の公演終了後、オデット/オディールを踊ったローラ・エケ(30)がエトワールに任命された。エケは、昨年末の進級試験でプルミエール・ダンスーズに昇進。9年という長いスジェ時代を経ての栄誉だけに感慨もひとしおであろう。最近では、昨年春のオペラ座日本公演や夏の<エトワール・ガラ>で来日、『椿姫』のマノンや『ジュエルズ』のダイヤモンドなどの舞台が記憶に新しい。
 エケは、昨年11月にバンジャマン・ミルピエが舞踊監督に就任して以来、最初に任命したエトワールとなり、監督の期待のほどが伺える。フランスの週刊誌『PARIS MATCH』2014年12月24〜30日号には、エケはじめレオノール・ボーラック、ユーゴ・マルシャン、ジェルマン・ルヴェ、オニール八菜、アントワーヌ・キルシャーなど昨年末の進級試験で昇進した9人の新進たち+次期エトワール有力候補のフランソワ・アリュの意気揚々とした姿が紹介されている。もう5年後には、この「ミルピエ世代」のほとんどがエトワールやソリストとしてバレエ団の中核となって活躍していることだろう。

ガニオとパケット ⓒ Ann Ray / Opéra national de Paris

ガニオ ⓒ Ann Ray / Opéra national de Paris

ジルベール(手前)とボーラック ⓒ Ann Ray / Opéra national de Paris

ダニエル ⓒ Ann Ray / Opéra national de Paris

ボーラック(手前)とレヴィヨン ⓒ Ann Ray / Opéra national de Paris

第1楽章 左からジュスペレギー&ベザール、ダニエル&マニュネ、エケ&シャイエ ⓒ Ann Ray / Opéra national de Paris